春の企画展『もう一つの青谷横木遺跡』を開催しています!

  先ごろ、国史跡青谷上寺地遺跡の出土品1300点余りが、国の重要文化財に答申されましたが、すぐとなりには、全国的な注目を集めるもう一つの『青谷横木遺跡』があります。高松塚古墳壁画に次ぐ国内2例目の『女子群像』板絵や、国内初となる柳の街路樹など重要な発見が相次いでいる遺跡です。青谷横木遺跡では、青谷上寺地遺跡が栄えた弥生時代だけではなく、それ以前の縄文時代に加え、古墳時代から中・近世にいたるまで、人々の営みが連綿と確認されています。今回の企画展では、青谷上寺地遺跡にひけをとらない出土品を初公開で数多く展示しています!企画展の開催期間は、4月12日までです(土日を除く)。ぜひ、「知られざる青谷横木遺跡」をお見逃しなく。

    じょうもんどき

縄文土器と、黒曜石製の矢じりとその素材。遺跡のはじまりは、縄文時代の終わりごろ(約4500年前)まで遡ります。全長6mを超える長大な丸木舟も完全な形で出土し、現在展示中です!

           あおやよこいせいのやよいどき

弥生時代から古墳時代の木製品。木製容器に加え、木製のさじ、鋤などの農具、短甲(木のよろい)などが出土しています。とくに木製高杯などは青谷上寺地遺跡と同様に高度な木工技術をもった匠たちがいたことを示しています。

     あおやよおきいせきしゅつどたまとかがみ

弥生時代から古墳時代の鏡や玉製品。青銅鏡の中には、内行花文鏡と呼ばれる中国の鏡も出土しています。玉類では古墳時代終りごろのメノウ製の勾玉がイチオシです。3点出土し、いずれも大型品で、赤銅色の発色がとても鮮やかです。

     まぐわと鉄鍋

鎌倉時代から室町時代の出土品。左の鉄鍋はほぼ完全な形で出土しています。当時、鉄鍋は貴重品で、傷んだら鋳つぶして再利用されることが多く、とても珍しい一品です。右は、馬鍬(まぐわ)と呼ばれる、馬を使って田んぼを耕す際に利用された農工具の一部です。鉄の刃が木製の柄に装着された状態で出土しています。

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センター紹介

 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
 この歴史豊かな万葉の里の一角に埋蔵文化財センターはあります。


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