現在、鳥取県独自に開発された認知症予防プログラム教室が伯耆町で実施されています。このプログラムは、鳥取大学医学部浦上克哉教授監修の下、運動と知的活動と座学を効果的に組み合わせたものとなっています。
お話を伺ったのは、認知症診断予防の第一人者として知られている浦上克哉教授です。
「現在日本では認知症を予防するということが大きなテーマになっています。そこで一番大きな課題として、きちんとした科学的根拠といえるデータがまだ出てないということです。認知症の予防についてのエビデンスには運動だけのものはありますが、その他のいろいろなものを組み合わせて行っていく活動では、エビデンスは見当たりませんでした。そんな中、ある程度大きな規模でこういったことを実証できるような取り組みは(世界で)初めてのことだと思います。」
ここ鳥取県で、世界初の認知症予防の取り組みが行われているというから驚きです。
「日本は超高齢社会で、高齢化に関しては世界ナンバーワンです。そういう意味で言えば、認知症対策は最先端の国なわけですから、当然日本で行った研究や成果というのは世界に役立つ、世界に発信できるものだと思っています。」
鳥取県発の取り組みが世界に広がっていく、なんだか誇らしい気持ちになります。次に驚いたのが、一般の多くの人が考えている認知症の認識は間違いだということです。
多くの人が認知症は治らない怖い病気だと思っているのが現実です。しかし「そうではない」と浦上教授は語ります。
「多くの人が、認知症という病気は徘徊して困るとか、暴力行為をふるって困るとか、幻覚・妄想がでるとか、そういう症状が出て初めて認知症だと思っています。しかし、それは大きな間違いです。最近の研究で認知症は、20年から30年ぐらいかけてゆっくりゆっくり進行していく病気であることがわかっています。
一般の人たちは、認知症の末期の末期だけをとらえて、それを認知症だと思っているわけです。それは、私から見れば、例えは良くないかもしれないですけど、がんの末期状態みたいなもので、末期状態のがんなんてどんな名医が見たってなかなか治せないわけです。それなのに、そういう状態になってから認知症を治療しているのが現実なのです。
逆に20年30年もかかってゆっくり悪くなるわけですから、もっと早い段階でいくらでも発見のチャンスはあります。そういうところを今まで見逃してきているんです。」
ゆっくり進んでいく認知症だからこそ、予防の取り組みが重要になります。浦上教授によると、鳥取県の取り組みは他県に比べて先進的だということです。
「我々は12~13年前から琴浦町を中心に認知症を早期発見して予防していくという取り組みをしています。この鳥取県内で行われている認知症予防の取り組みは、他県でも当たり前に行っているものだと思っている方が多いのではないでしょうか。しかし、実は他の県ではあまりやっていません。そんな中でも私どもの取り組みを『すばらしい』と言っていただき、他県にも少しずつ広まってはいますが、決して多くの場所で行っているわけではないのです。」
その取り組みから、うれしい結果が出ています。
「中部地域の病院に週に1回行っていますが、とにかく琴浦町から受診に来られる方が多い。琴浦町から来られる方はやっぱり早期なんですね。でも、ごくたまに他の市町村の方がすごく早期の段階で来られます。どうしたんだろうと思って話を聞いたら、琴浦町に住んでいる姑さんが健診で引っかかったと。『えっ、こんなのでひっかかるの!?これだと実家の母親もヤバイ(笑)』と思って、別のところに住んでいる母親を連れて来られたわけです。琴浦町では13年の歴史がありますので、やっぱり他の市町村に比べたら認知症の理解度が高いですね。」
活動が1つの地域で始まれば、それが広がっていく。認知症予防プログラムもどんどん広がってほしいと、浦上教授は語ります。
少しずつ広がっている取り組みですが、認知症予防プログラム教室では1つの課題があるといいます。
「女性の方は熱心に参加される方が多いのですが、こういう活動を成功させるためには男性の参加も必要なのです。男性の方をいかに引っ張り出すかというのが一つの課題ですね。やっぱり数人でも男性がいらっしゃると教室が締まるんですよ(笑)。
女性だけだと和気あいあいとしていいのですが、ちょっと締まりがない教室になってしまいます。そこに男性がいると、同じ教室でも効果が違ってきます。なので、少しでも多くの男性に参加していただくことは非常に大事です。」
女性に比べ参加率の低い男性の参加が、プログラムの成功の鍵を握っている。少し面白いお話ですが、なんだか納得できます。今回のプログラムでは男性の参加もあるそうなので、一安心です。
「認知症という病気はそんな簡単な病気ではありません。食事も睡眠も一日のライフスタイルで考えていかないといけないので、決して運動だけをすればよいというものでもない。
だからこそ、認知症予防のしっかりとしたエビデンスを出していかないといけないと思っています。その理由の一つに、間違った予防の取り組みを行っているところも出てきています。認知症予防の取り組みは大事だけれど、それゆえに少し間違った取り組みをしてしまっている場所がある。我々専門家がきちんと正していかなければならないと思っています。」
これからますます重要になっていく認知症予防。その先進的な取り組みがこの鳥取県で行われています。
最後に浦上教授ははっきりした口調でこう話してくださいました。
「正しい認知症の理解を深めていただくことが大切です。そうしないと、多くの方が認知症は怖い病気だとしか思えなくなってしまいます。認知症予防に関する住民の方たちのニーズはすごく高いと感じています。多くの方が期待していることですから、研究結果でしっかりと応えていきたい。それが、我々認知症医療に携わる人間として、一番大事なことだと思っています。」