みなさん、生田長江(いくた ちょうこう)という人を知っていますか。
生田長江は、ニーチェやフローベールの翻訳をしたことで有名な日野町出身の文芸評論家・社会批評家で、雑誌「青鞜」の発刊を後押しした人物でもあるのです。
このたび、生田長江の生涯を扱った小説「火口に立つ。」(米子市在住の作家、松本薫 著)が出版されました。
生田長江をさらに知っていただくため、その功績を顕彰する地元・日野町の『小説「生田長江」を出版する会』からの執筆依頼により生まれたこの小説は、すでに日本海新聞、山陰中央新報の書評にも取り上げられ、評判は上々のようです。
3月17日の日曜日、日野町文化ホールで出版記念フォーラムが開催されました。
フォーラムでは、松本薫さんが「『火口に立つ。』を書いて思うこと」と題した講演を行うとのことで、急いで記者は「火口に立つ。」を一気読み(所要時間6時間半)し、参加してきました。
当日は、小説中に出てくる食堂をモデルにした模擬店も出て、松本薫さんも接客に出られるなど楽しいイベントも同時開催されました。
今回の記事では、この小説の紹介を兼ねて、この講演の模様を少しですがお伝えします。みなさんのこの小説を読むときのスパイスになれば幸いです♪
この小説は、「生田長江伝」ではありません。
物語は、わけあって根雨の実家にいづらくなった主人公の女性、南原律(なんばら りつ)が同じ日野の出身で、東京に居を構えていた生田長江の家にお手伝いさんとして入り、長江やその妻、生田家に出入りしていた、のちに名を成す作家・評論家らと交流し、自立をめざしていく…というストーリーが日野町と東京を舞台に描かれます。
松本薫さんの講演は、読者からの感想ハガキなどがたくさん届いたことを受け、「この作品を書いてよかったと本当に思います」という言葉からスタートしました。
そして、講演が進む中、「生田長江を主人公として、彼の目線で物語を描くことは最初から考えられなかった」と語られました。
こう聞くとこの小説は、律の目を通して長江の姿を描いたのだな、と思われるかもしれません。ですが、読むとそうではないということがわかります。
長江と律はつかず離れずに縁を保っていき、その過程で長江の人生や業績にふれていくものの、あくまでこれは律自身、そして律が関わっていく人々…長江の妻・藤尾や平塚らいてうなどの物語となっています。
長江や「青鞜」の女性たちとの関わり、生田家での仕事の合間に多くの知識を吸収していく律ですが、彼女が最終的にとった自立の方法は、意外にも食堂経営でした。
松本薫さんも、ここのストーリー展開について悩んだそうですが、「律はやっぱりそういう女性=平塚らいてうや伊藤野枝のような女性とは違う」。そこで食堂経営という道を取らせたとのことでした。
講演の最後、松本薫さんは「至らない点もあったと思いますが、今現在の私が出せる力はすべて出し切りました。執筆の依頼を受けたときは、長江という人を好きになれる不安でしたが、調べていくうちに書斎にこもっているだけの人ではないと知り、この人について書きたくなってきました。今となっては、この小説を書かせてくれた長江さんに感謝しています」と述べられました。
それでもまだ律にはきれいすぎるところがある、という点も記者は感じましたが、有名な作家らも多く登場する群像劇としても最後まで面白く読める本ですので、ぜひみなさんもお手に取ってみてください。
日野振興局 2024/03/27