語り
昔あるときになあ、おじいさんとおばあさんと貧しくて難儀して暮らしよったそうな。
そうしていたけれど、まあ、何して食べようもなくて、お花を取ってきて、それを売りに出ていたけれども、お花がいくつになっても売れないときには、智頭の慈善橋みたいなところから、川の中へ向かって、「竜宮の乙姫様に進(へん)じましょう。」と言って投げ入れていたのだそうな。
そのうちに、本節季(大晦日)になるし、おじいさんは、「今日は、お花採ってきたりして、おばあ、またお花を売りい出てくるわいや。」と言って出たところが、ちっとも売れないので、それからいつものように、「お花ぁ、竜宮の乙姫様に進(へん)ぜましょう。」と言って川に投げ入れたそうな。そしたら花はずっと流れていったかと思っていたら、渦巻の中へ巻き込まれたように見えて、そのまま川の底へ沈んでしまったそうな。
家へ帰ったおじいさんはおばあさんに、「ずっとまあ、花は売れりゃあせず、まあ、乙姫様に投げちょいてもどったわや。あげちょいてもどった。」と言ったそうな。
それから、その晩に、なんとやせこけた情けなげな娘が訪ねてきて、「今日はおじいさん、竜宮城にはお花がのうて門松がのうて困っておったとこへ、ええお花もろうて、ほんにありがとうございました。」言い、それから、「おじいさんを竜宮にちょっと連れのうて来い、いうことで迎えにきたけえ。」と言うものだから、「そんならまあ、何じゃけえな。ついて行こうかな。」とおじいさんは言って、それから、その悲しそうな娘について行って海へ出たら、大きな亀がおって、そがして、「おじいさん、うらが(自分の)背なへ乗れ」と言う。それでおじいさんが、その亀の背なに乗ると、今度は亀が、「目をつぶっとりんさえ。つい、そこだけえ」と言うので、おじいさんが目をつぶっていたら、すぐ竜宮へ着いたそうな。
そして、竜宮に行ってみれば、あれこれご馳走してくれる。おじいさんはいろいろなあもてなされたそうな。
そうしたらその娘が言うことにゃ、「おじいさん、乙姫さんが『何かやる。』と言われても、『何だりいらんけに、はなたれ小僧がほしい。』て言んさいや。」と言うものだから、そこで、「何を土産にしような。」と乙姫様が言われたら、おじいさんは、
「いんや、何もいらんけど、はなたれ小僧がほしい。」と言ったそうな。乙姫様は、
「そんならやる。」と言って、本当にはなたれ小僧さんをくださったそうな。
それは鼻を出していて、汚い汚い小さい小僧さんだそうな。それから、おじいさんははなたれ小僧さんを連れて帰ったそうな。このはなたれ小僧さんには米がなくなれば、「はなたれ小僧さん、米がほしい。」と頼めば、米をいくらでも出してくれるそうな。また、「酒が何ぼう、酒何ぼう。」と言えば酒も出してくれる。肴も小僧さんに頼めば、何ぼでも聞いてくれる。
そして、「お金がほしい。」と言えば、お金もざらざら出してくれるのだそうな。
そうやっていたところが、実際、次々暮し向きがによくなって、おじいさんとおばあさんの家は、長者のような身上になったしする。
それで小屋のような家ではいけないのから、それからはなたれ小僧さんに、
「りっぱな家がほしい。」と言ったら、りっぱな家ができて、おじいさんとおばあさんは下男や下女も使うほど分限者になったそうな。
で、そうして、二人は暮らしていったそうな。
それで暮らしておればよかったものの、二人はいくらでもいくらでも欲ばりだったし、またどこへ行くにも、そのはなたれ小僧さんがずっとつき回っているものだから、とてもうるさくなってしまったそうな。
そしたら、あるときおばあさんが、はなたれ小僧さんに、、
「長者みたような家の旦那が、おまえみたいな者ぁ、いつも連れ回らほんに汚のうてこたえん。『鼻ぁ取れ。』言うたって取りゃあせん、『面(つら)ぁ拭けぇ。』言うたって、拭きゃあせんし、ほんにどがあにもいやなことじゃ。はや、連れ回れんけん。」と言ったそうな。
そして、「もう、どこへなと行ってしまえ。」と言ったら、「ほんなら、どこへなと行く。」と言って、そのはなたれ小僧さんが出たのだそうな。
そしたらまあ、ずんずんずんずんずんずん暮らしが、難儀になっていった。それから、その家も元の小屋になってしまったのだそうな。
そればっちり。(語り手:明治40年生まれ)
解説
信仰心の篤いおじいさんが、竜宮界へ花を差し上げていた心がけを愛でた乙姫さんに、竜宮に招待され、使者である娘の助言を守って呪宝のはなたれ小僧さんを手に入れる。しかし、折角の幸運も慢心のため、なくしてしまう話である。背後には慢心を戒める人生訓がそれとなく配置されている。これは「竜宮童子」と呼ばれている話種に属しており、関敬吾博士の『日本昔話大成』によれば、本格昔話の「異郷」のところに登録されている。