語り
娘が三人おる家があった。そこのお父さんが、毎朝、神さんに参っていたそうな。そうしたら、大きな蛇がおって大きな蛙をくわえて食べようとしていた。それでねえ、かわいそうでならないから「おいおい、その蛙、離いてごせえや、家にゃ、娘が三人あるけんなあ、おまえにやるから。」とお父さんがいったって。
そうしたら、蛇は蛙をぽいーっと離してねえ、蛇が逃げてしまったんだ。そうすると蛙も共に逃げるし、それから、お父さんが家に帰ったところが、そのお父さんは後悔してしまってねえ、眠れないんだ。朝になって、いくら起きようと思っても起きられないし、そのうち、その家の姉さんがお父さんを起こしに行ったら「こうこうのことがあったけえ、おまえが嫁になってそこへ行ってごすりゃあ、ありがたいけどどがいじゃろう。」というと、姉娘はびっくりして「そがいなことはようしません。」といって逃げてしまうし、そのうち中の娘がまたお父さんのところへ行った。
そして「お父さん、起きなさい。」という。「起きるけど、おらがいうことを聞いてごせえや。」「お父さんのいうことだったら、どんなことでも聞きますけえ」と中の娘はいう。
「こうこうでなあ、あの蛙を、蛇が飲みよってなあ、『離いてごせ。娘やるけえ』いうたところが、離いてごしたけえなあ、その送りになんとかせなならんけえ、おまえ、蛇のところへ行ってごせんか。」お父さんが頼むと、その娘もやっぱり「そんなことはようしません。」といって逃げてしまった。それから今度は三人目の娘が行くとねえ、お父さんがまた頼んだそうな。
「おまえなあ、すまんけど、こうこういうことがあったけえなあ、蛇のところへ行ってごせ。なんぼうでもなあ、すまん思うで。」と言ったら、末の娘は「だったら、お父さんわしが行きますけえ、今日はなあ、針千本買うてなあ、ほおて、むすびをよけい作っちゃあさい。」といった。
そこでお父さんに箱にいっぱいむすびを作ってもらって、そのむすびの中に一本ずつ針を入れて、そうして娘が大きな淵へ行ったそうな。
そうすると向こうにひゅーっと波が立ってねえ、その大きい波と一緒に蛇がこちらへぷーっと寄って来た。そこで末の娘はこっちから向こうの蛇にぷーいとそのむすびを投げてやった。そうして娘は次々次々むすびをみな投げてしまった。それを蛇はみんな食っていったそうな。そうしたら、突然蛇はぱあーとひっくり返って、死んでしまった。それはそれは大きな蛇だったそうな。
ところが、その娘が「はや死んだが。」と思って「やれやれ、けどまあ帰るいうても帰れんし、真っ暗いけん、どこへ行っていいか分からんし、山の奥じゃけん、もうどがぁしょう。しょうない。」こう思案していたら、向こうに灯が見えたので、行ってみたら小さい家の灯だった。娘はそこへ頼って行ったそうな。
「泊めてつかあさい。」「さあさあ、泊まりんさい。」
家の人にそういわれたので、娘はそこへ泊めてもらって、朝、夜が明けてからねえ、起きてみたらなあ、何にもない野っ原だった。
そしたら蛙がひょっこひょっこ跳んで逃げてしまったそうな。まあ、そういう落とし話だねえ。(伝承者:明治30年生)
解説
蛙の報恩譚である。終わりの部分が、末娘が明かりの見えている家を尋ねて泊めてもらったところ、目が覚めてみれば、そこは何もない野原であり、蛙がひょっこひょっこ跳んで逃げたとなっている。これは言うまでもなく娘の父親に助けてもらった蛙が、その恩返しに娘の危急を救ったという意味を隠しているのである。