語り
昔あるときになあ、大きな長者があって、下女やら下男やらたくさん使っていたところが、その中に「嘘つき紺平」という、よく嘘ばかりつく男が一人おってねえ、そして何一つ言っても、嘘ばかり言う。
そうしたところが、ある日のこと。ずっと雪が降っているとき、紺平が「やあやあ。」言ってもどって、「この下に猪が寝とるけえ、旦那さん、撃ちい行こう。ついこの下じゃけえ。」と言うと、「また、嘘をつくけえ、そりゃあ嘘じゃろうなあ。」と(旦那が)言えば、「何が嘘じゃあ、本当に寝とるけえ、行こう。」言う。
それから旦那さんがまた、猟が好きでならないのと、猪だといったら、特に好きだったので、それから鉄砲を紺平が担いだりして、二人が行って見た。
「どこにおるじゃいやいや。」
「ほんに、今おったけえ、とんでもどったじゃけど、逃げ足の早いもんじゃ。へえ、逃げとるわ。」
旦那さんは、「ほんにしかたがない。何じゃ、どがしょうもない。ほんにまた、あんなの嘘にだまされた。しかたがないけえ、わしゃあ用事があるけえ、町の方にちょっと行くけえなあ、おまえ先いいんどれえ。」と言ったのっで、紺平はそいから家へもどって、そうして、「旦那さんは、ほんに気の毒なもんじゃった。猪の大きなのがおって、旦那さんをかんで、旦那さんは殺されたけえ、ほんに気の毒で気の毒でこたえんじゃ。」言って泣いてみたり、いろいろするものだから、「ほんに、ほんなら早う行こう。」ということになった。
それから、女中や下男もみんなは、ずっと捜しに行って家を空っぽにして出ていたところが、旦那さんは、「ちょっと町に用があったけえ、あっちい回ってもどったじゃ。」と言ってもどったそうな。そしてみんなから話を聞くと、腹を立てたそうな。
「ほんにまたあの紺平が嘘をついたか。これまでの嘘をずっといちいちこらえとったけど、今日ばっかりははこらえん。それでおまえたち、紺平を俵に入れてがんがら巻きにして、男二人にになわして海へ投げてこい。」と旦那さんが言われたので、紺平を捕まえてそうして、そいから二人が担って歩いて行っていたけれど、疲れたので、「えらいな。ちょっと休もうか」と一人が言ったら、俵の中から(紺平が)くしりくしり泣くものだから、「何を泣きおるじゃ。嘘ばっかりついて。もうこんだあどげしょうもないぞ。」と言うと、「いんや、嘘ばっかりついて、みなあだましてきたけえ、死ぬるわたしゃあ、ちょっとも惜しいことはないけど、小さいおりからずっと金を溜めたんが、あの木小屋の木の下に埋(い)けとるじゃが、そりょうわしが死んだらだぁれも知らんじゃがと思うて、あれだけ掘ってなあ、あるだけだれにやっても、あれがほんにだれにも使われん金じゃが思やあ、それが悲しいじゃ。」と言う。
「嘘じゃろうがな。」とみんなが言った。
「何で嘘言わいじゃ。本当じゃ」。ごんごかごんごか本気で泣くものだから、紺平を担って行く二人が、欲が出てきて、「本当に本当なら、行って掘ってくるけえ。」と言う。
紺平は、「ああ、掘ってきて、おまえらが使うてごしたらうれしいじゃ。」と言った。
「そいじゃ、どこに紺平を置いておこうか。」
「そこに置いとかにゃあいけんじゃ。」と言って、そこの薬師堂に紺平を置いておき、そうして、二人が帰って、木を取り除いて、いくら掘ったって、そんな金は出ないそうな。
そのころ、魚屋さんが魚をえっさかえっさか担って薬師堂の前まで来たそうな。紺平が俵の隙間から見れば魚屋さんが真っ赤な目をしている。魚屋さんはお薬師さんなので手を合わして、拝んでいたら、俵の中から、「何と魚屋さん、おめえの目はひどう赤いが、この俵の中へ入って『薬師如来目の願、薬師如来目の願』言いよりゃ治るじゃ、この俵ぁほどいてごしたら、まあ、わしの目を見てごしぇ。」と言う。
そうすると、魚屋さんが、「そうかえ。」と俵をほどいて、見ると、紺平がきれいな目をしているものだから聞いてみたそうな。
「『俵薬師目の願、俵薬師目の願』言いよったら、きれいに治ったじゃ。」
「ふーん、そうかえ。ほんにあんたの目はきれいな目じゃ。そんなきれいな目になるじゃったら、代わってもらおうか」と言うので俵をほどいて、魚屋さんをその俵に入れて、そうして同じようにがんがら巻きにして、そして紺平は魚屋さんの荷物を担いで、どこかとんで逃げてしまったそうな。
まもなく担っていた最初の二人の男がもどってきたそうな。「ほんにこの嘘つき紺平が」と言って怒ってみたって、俵の中からずっと「俵薬師目の願、俵薬師目の願」という声が聞こえてくる。「何が『俵薬師目の願』もあるじゃあ。ほんに、今度は聞きゃあせんけえ。」と怒って、「俵薬師目の願、俵薬師目の願」言うものを海へ持って行って、「一番深いところへ投げ込んだるけえ。」と海の一番深いとこへ投げ込んだそうな。
そうして、「あれほど嘘をついたけれど、もう紺平ももどりゃあせんけえ。」と言いながらその男たちはもどって来たそうな。
何年もたってから、ひょっこひょっこ向こうから来よるもんがあるから、だれかが、
「だれじゃいや。」言ったら、「ありゃ紺平じゃぁぜ。」と言う。
「なんで紺平がもどって来るじゃあ。一番深いとこへ投げ込んだけえ、もう本当に死んどるけえ。」と言うけれども、「そいでも、ありゃあ紺平じゃあや。」と言うそうな。
そうしたところが、本当に紺平がもどってきて、「みんなにほんに嘘をついたりしよったけど、竜宮にずっと行ったところが、ほんにそりゃあ、魚ないともう何と、乙姫さんと、そりゃありっぱな人じゃし、何と言うたって、竜宮はこの世じゃあ見えんとこじゃ。そりゃありっぱなとこじゃ。」と言うた。
「ふーん。」と言って嘘をついてもそれが分からないものだから、実際に本当だろうと思って、みんなが聞たりしていたところが、「なんと旦那さん、こがいな大きな財産持っとったってなあ、この世じゃあ、どっこも見られたとこもあろうけど、竜宮だけは見られたとこはないが、いっぺん、連れてってあげようか。」と紺平が言う。
「ふーん、そうかいやぁ、そげないいとこならわしも見たいなあ、そりゃあ、この世じゃあ、もっとう(とっくに)見たけどなあ。」
「とにかく竜宮にゃあ、何もないもなぁないけど、そいけど、石臼が一番土産で、その石臼だけないじゃ。そいで今度来るおりにゃ、乙姫さんに『石臼を負うて来るけえ』言われとるけえ、石臼だけのお土産だ。」
「ふーん、そげな土産だけで、土産物持たいでも…。」
「うーん、持たいでもええ、ええ。その石臼ぁわしが負うて行くけえ。」と紺平は言って、石臼を二つ重ねてもらって身作りをしたそうな。
それから、紺平が行くと、旦那さんはずっとついて行かれるしして、海辺まで来たら、「ああ、なかなか重たい。えらかった、えらかった。ちょっと休もう、旦那さん。竜宮はついそこに見えますじゃで。ついそこじゃけえ、わしがここまで負うて来たじゃけえ、今度ぁ旦那さんの番じゃけえ、ほんなら旦那さん、しっかと負いんせえ。」と言って、旦那さんの背にくくりつけて、「つい、そこじゃで竜宮は、ついそこじゃで。」と言って、紺平が旦那さんの背をとーんと押したら、石臼を負ったままだから、本当に沈んで、どうしようもない。旦那さんは沈んでしまったそうな。
それから、紺平は少しうろうろうろうろしていたけれど、また帰ってきた。
「また紺平がもどりよるわい。」言ったところ、紺平が、「やれやれ、まあほんにもどった、もどった。まあ竜宮は何とも言えんええとこで。旦那さんが喜んで喜んでごつい気に入られたそうな。」「そうして、『こんなええとこにはいつまでもおりたい。紺平、帰りとうないけえ、そいけえ、お金も財産も何にも家内も、みーんなおみゃあにやるけえ、そじゃけえ、おまえはいんで家(うち)を上手ぅ立ってごせえ。』言うて、もう旦那さんはなあ、帰られんじゃ。竜宮でずーっとええ暮らしができるわ。」と紺平が言ったそうな。
そうして財産も奥さんもみんな自分がもらって暮らしたそうな。
嘘をつくならこの紺平のような嘘をつかにゃあいけないと。これはよい話じゃないけれど、笑い話でなあ、そればっちり。(語り部:明治40年生まれ)
解説
これは「俵薬師」の名で知られている昔話である。関敬吾博士の『日本昔話大成』から、戸籍だけ紹介しておく。笑話の「狡猾者譚」の中にあり、さらに「狡猾者」の項目の基にそれは存在している。