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昭和55年(1980)9月17日、倉吉市湊町で採集

語り

 昔々あるところに、たいへんなばくち打ちがおったという。
 そのばくち打ちは、ばくちに負けて裸になってしまい、たった一枚のウチワしかなくなってしまったので、しかたなく山に上がって、「困った。ほんにああ困った、困った。何にもなぁなっちゃっただが。」と言いながら、やけになって「京見たか。大阪見たか。大阪見たか、京見たか。」と言って、あっちこっち見たりしていたそうな。

 そうしたら、それを見ていた一人の天狗が、「はあてな。『京見たか、大阪見たか。』って言うだが、ほんにあがあなこって京や大阪が見えるだらあかい。」と不思議に思って、「なんと。おまいは今『京見たか、大阪見たか。』て言っただが、そんなこって大阪や京が見えたかい。」と木から下へ降りてきたそうな。

 ばくち打ちは、「見える、見える。このウチワをこうしてかざせば、あっち向きゃ京が見えるし、こっち向きゃあ大阪が見えるだけえ。」と言っていた。
 ところが、その天狗もウチワを一枚持っていて、「なら、こんなと替えよかいな。これはなあ千里ってったら、ちゃんと千里走るちゅうし、鼻高んなれちゅうたら高くなり、低うなれちゅうたら低くなるけえのう。これと替えよいや。」と言う。ばくち打ちは、「へえ。なら、替えましょう。」と交換してしまった。天狗は早速そのウチワで、
「京見たか、大阪見たか。」と言ったところが、さっぱり見えはしなかったけれども、ばくち打ちの方は、「千里」と言ったら、なんと千里走ったので、天狗の方が負けてしまったそうな。
 ばくち打ちはそのようにしながら、江戸まで行ったそうな。
 「なんと江戸まで来たけど、こがなボロを一つ着ておってはいけん。どがあもならんだが、なんどええことはないだらぁか。」と思って、ぐるりぐるり見ておったところが、ちょうどそのときに鴻池のお嬢さんの婚礼のたいへんな行列が進んできて、ナゴヤ(祝言歌のこと)をうたうところに来て止まったそうな。
 ばくち打ちはその車の後ろについておって、「ちょっとこのウチワを使ってみたろうかい。」と思って、「高んなれ、高んなれ、高んなれ。鼻、高んなれ、鼻、高んなれ。」といったところが、なんと鴻池のお嬢さんの鼻が、天狗の鼻のようになったそうな。
 「こら、大変なことだ。婚礼どころではない。こらまあ、ナゴヤ歌うために車止めとったら、鼻が高んなっちゃって。まあ帰らにゃいけん。」というので元の家へ連れて帰り、お嬢さんを奥の間へ寝かしておいて大騒動になって、みんなで心配していると、翌日、表の通りを、「鼻治し、鼻治し。」とだれかが通るのだそうな。
 「ありゃっ。鼻治しだ。」とやれこらと出てみたら、いなくなっていた。
 通ったのは博奕打ちだったわけで、その博奕打ちは、もう一回あの家のところへ行ってやろうと思って、また、行ったそうな。そして、「鼻治し、鼻治し。」と言って通ったところ、家の中から人が出てきたそうな。
 「鼻治し、鼻治し。」と言って通ったところ、家の中から人が出てきて、「なぁんと、ちょっと鼻治しさん。あんた、どがな鼻を治しなはるだか。」と言ったら、「どがな鼻でも治す。高にしてほしけら高にでもなり、低にしてほしけら低んなる。」と言うので、家の者は、「実はこういうわけだが。」と話したところが、「あ、そがな鼻ならみやすいことです。なんぼでも治いてあげますよ。金はかかるけど。」と言ったら、
「金はなんぼでも出すけん、まあ治いたげてつかわんせえ。ように困っとりますだけえ。」と言ったので、「ま、とにかく、おれはこういうふうなボロを着ておるので、こんなふうをしてはお嬢さんの前にもよう出んし、お宅もこがなふうしちゃあいけんでしょうけん、なんか着せてつかわせえなぁ。」と言ったところ、「よしよし、そこの旦那の紋付、羽織袴借りてあげるから。」ということになったそうな。
 そうして、博奕打ちは、旦那の袴をはいて羽織を着て、そこの家の人たちみんなの人払いをしてから、お嬢さんの背に回ってウチワであおいで、「鼻低んなれ、鼻低んなれ。低んなれ、低んなれ。」とやったら、だいぶん低くなったそうな。
 しかし、あんまり早く元にしたら銭にならんから、まあこのくらいでおこうと思って、「まあ、今日はこれまで」と帰ってしまったそうな。そうしてまた明くる朝やって来て、「まあ、一週間どまぁかかりますけえな。金うんと用意しといてつかぁんせえよ。」と言ったそうな。そうして明くる日も明くる日も出かけて来て、とうとう一週間で治したそうな。家の人たちは喜んで喜んで、まるで神様のようにして喜んでくれたそうな。
 そうして博奕打ちは、お金はたくさんできたし、とうとうわが家へ戻って来たそうな。
  それから博奕打ちは、天神川の河原に出て仰向けになって、そのウチワを手に持って、「鼻、高んなれ。高んなれ、鼻や。鼻や、高んなれ、高んなれ。」とやったところが、一丈にもなったとそうな。
 そこでばくち打ちは、どのくらい高くなるものだろうか。もっと高くしてやろうかいと思って、「高んなれ、高んなれ、高んなれ。」とウチワをあおいでいたら、鼻はずんずん高くなって天に届いてしまったのだそうな。
 そして、このように天に届いてしまったら、鼻はだわっと弓のようになったそうな。
 ところが、天では天竺から神様の子どもが遊びに来ていて、伸びてきた鼻を見つけたそうな。
 「何だいこりゃ。ここへ何だか出てきたぞ。」と言っていると、いくらでも伸びてくる。
 「これはじゃまになってかなわんがな。隠れっこするのに引っかかってかなわんがな。」
 「そんなら、こんなもんくくっとけ。」と近くのところへくくってしまったそうな。
 けれども、ばくち打ちは、そのようなこととは知らず、「あら、こっで天に届いたふうだわや。こんだぁだわだわみたいになったけえ、なら、このへんで低うにせにゃならんが。」と思った。
 それなので、「低んなれ、低んなれ、低んなれ、低んなれ」と言ってみたら、たわんだところはしゃんとなったけれども、それからは自分の身体がドッドドッドッドッドドッド持ち上がってしまい、くくられているものだからズッズズッズ一丈も上がってしまった。
 「それから先は話すだか。」「話しないな。話しないな。」
 「そいからいって、話しゃ話すかえ。」「話しないな。話しないな」
 「はなしゃいけんがな。」「はなしてぃな。」
 「はなせば、ポテーンと落ちちゃった。そいういうことだぞ。」(語り部:明治40年生まれ)
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解説
 関敬吾『日本昔話大成』では「笑話」の中の「誇張譚」に「鼻高扇」として分類されているのが、この話型に相当している。


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