語り
昔あるところに猟師がおってなあ、毎晩毎晩鉄砲撃ちに出ていた。そうしてこの晩もいつもの通り鉄砲の弾を込めていたら、いつともなしに囲炉裏(いろり)の隅から自分の飼い猫が、それをじっと見て、猟師が弾をいくつ込めるのか数えていたのだって。
それでも鉄砲撃ちは何にも知らずに鉄砲に弾を込めた後、出る支度をするのだって。それから、ご飯を食べようとふいっと見たら、いつもあるはずの茶釜の蓋がない。
「あれっ、いっつも蓋があるのに何で今日はないだらあかいな。」と思って見たけれど、どうしても見つからない。しかたがないので猟師は茶釜の蓋はなくても、それで茶をわかして、飯を食って出た。
実は鉄砲撃ちが鉄砲に弾を込めるのを見ていた猫が、その茶釜の蓋を持って逃げていたのだった。それとは知らずに鉄砲撃ちは飯を食ってから出かけて行った。山の尾根を越えてずっと山奥まで行くと、そこで光もんが出たのだって。
「ああ、こいつ、何者だ。」と思ってねらいを定めて鉄砲で撃ったら、カーンと音がして弾ははじき返された。また撃ってもカーンとはじかれる。
猟師はありったけの弾を撃ったけれど、みんなカーンとはじかれてしまった。
「はて、不思議なもんだて。」 猟師はそう思いながら、とうとう最後に別に持っていた隠し弾を取り出して、その光ものに撃ったところ「ギャ-ア。」という声を出して何者かが倒れたのだって。
猟師が急いで行ってみると、そこには自分の飼い猫が死んでおり、そばには「ない、ない。」といって捜していたはずの、あの茶釜の蓋が転がっていた。
それは猫が茶釜の蓋を持って、鉄砲撃ちが弾を撃つと、その蓋を前へ出してカーンと当てて弾を防いでいたけれど、いよいよ弾の数が尽きたと思ったので、猟師が隠し弾を持っていることまでは知らずにその蓋を離したため、今度は弾をはじくことが出来なくて身体を撃ち抜かれて死んだのだって。
それで、鉄砲撃ちという者は、弾を数えてはいけないし、また、女房や子どもにもだれにも知られないように、隠し弾の一つや二つは持っていないといけないそうな。分かったかね。こっぽり。(語り手:明治40年生まれ)
解説
猟師の心得として、人里離れた山などへ狩猟に行くときには隠し弾を持っていくものだという。各地に似た話が伝えられており、特定の地名のついた伝説になっている場合もある。山は聖地であると同時に異界でもあり、妖怪の跳梁するところでもあるという観念が生み出した話ではないかと思われる。