語り
昔々、馬子が馬を追って八橋の町にサバ買いに行って、帰って来ていたら、山姥(やまんば)が出て来た。
「馬子殿、馬子殿、サバ一本ごっされ。」「こら殿さんのサバだけえ、ようやらん。」
「なら、おまえ取って噛む。」
馬子は怖くなったのでサバを一本出してやったら、山姥はまた、それ食べて馬子に追いついてきて、「馬子殿、馬子殿、サバ一本ごしぇ。そっでなけにゃあおまえを取って噛む。」と言う。
馬子は、「しかたがないけえ、みんなやらぞ。」と言っといて、サバを下ろいしておいて馬といっしょに走ってもどっていたら、山姥はそのサバをまた食べてしまって、また追いついて来た。
「馬の足、一本ごしぇえ。」と言う。馬子が、「こりゃ殿さんの馬だけえようやらん。」と言ったそうな。
山姥は、「そうでなけにゃあ。おまえ、取って噛む。」と言う。仕方がないので馬子が馬の足を一本やって、三本足になった馬を走らせていたら山姥が、また、追いついてきて馬のもう一本の足を食べてしまった。
山姥は、「また、ごしぇ。」と言う。馬が二本足になってしまえば、もう歩かれないので、馬子は、「みなやったぞ。」と言っておいて自分一人で走って走って帰っていたら、野中の一軒家が見えたので、「やれやれ、助かった。」と思って、そこに飛び込んだって。
「ごめんください。ごめんください。」と大声を出しても、その家からは返事がない。馬子は、「まあ、しかたがないわい。この家に泊まらしてもらったらいわい。」と思って、囲炉裏のアマダに上がっておったら、なんとそれがちょうど山姥の家でだったそうで、山姥が帰ってきたそうな。
そうして山姥は、「ああ今日は、うまくサバ食い、えっと食ったけど、餅一つ焼いて食わあかな。」と言ってて、 餅を囲炉裏に焼いておいて、醤油を取りに向こうの方へ行った。それで馬子がアマダの上から棒を下ろて、その餅をちょいと突き刺してアマダの方に上げて食べてしまったら、やっと山姥が醤油を持ってきて、こう囲炉裏をほぜってみたけれども、餅がないものだから、また山姥は餅取りに行ったそうな。その間に、馬子がまたアマダから竿を下ろいて醤油をつきこぼいてしまったそうな。
山姥は餅が焼けたので食でようと思ってよく見ると、醤油がないのだって。それでまたまた醤油を取り行った間に、馬子がまた餅を突き刺いて食ってしまう。帰ってきた山姥は餅がなくなっているのに気がつくと、「ああい、なんぼしても今日はえらいこった。だけどまあ、サバや馬やえっと食ったけえ、今夜はこれで寝るとしょう。さてわしはアマダに寝ょうか、納戸に寝ょうか。それともオモテに寝ょうか、そうだ。いっそのことアマダに寝ょう。」と言ったそうな。
そしてぎっちりぎっちり上がってくるそうな。それで馬子が怖くなってプ-ッと屁をひったら、山姥は、「アマダは臭い。いっそお釜に寝よう。」と言って大きな釜の中に入って寝たのだそうな。
それから馬子がそろりそろりとアマダから下りて行くと、ギチギチときしむ音がする。すると釜の中では山姥が、「ギチギチ鳥が吠えるけえ、いんまに夜が明きょうが。」と言っているそうな。
それから馬子がまだ暗いうちにそろ-っと山姥の寝ている釜に蓋をして、それに大きな石を乗せて、そいからクドの窯に火を焚くとドウドウと燃え出したそうな。
その音を聞いた山姥は、「ドウドウ鳥が吠えるけえ、山に夜が明けるが。」と釜の中で言っていたら、釜が熱くなってきたので、「馬子殿、馬子殿、こらえてごっされ。部屋の隅にもオモテ(表座敷)の隅にも金がいっぱいあるけえ、それをみんなおまえにあげるけえ、こらえてごしぇ」と叫び出したそうな。
けれども馬子はそれには取り合わず、「いんや、馬食いサバ食いした罰だけえ。」と言ってどんどん火を焚いて山姥を焼き殺してしまったそうな。そうしておいて表座敷や部屋を見たら、何かの骨やなんかばっかり転がっていたのだって。 こっぽり。(語り部:明治35年生まれ)
解説
多くの人々に親しまれているこの話は、関敬吾博士の『日本昔話大成』では、本格昔話の「逃竄譚」の中に「牛方山姥」として登録されている。東日本では牛方、西日本では馬子とか馬方が主人公になっているようだ。しかし、これもあくまでも大勢を述べたまでで、山陰両県でも商人となっていたり、隠岐島では魚屋と変化していたりする。
ところで、山姥は元来山の神であったのが、零落して妖怪化したものであるという。それでも神の名残をとどめているところは、主人公を試し、勇気を持って立ち向かった者に対して幸せを授けるというところではなかろうか。