語り
とんとん昔があったげなわい。
戸上に藤内狐という悪い狐さんがおって、それでここらあたりの百姓家さんやなんかをとてもいじめる狐さんだったので、村中の者が「なんとかして退治しちゃらないけんが。」と言って話しておったげな。
それから、あるとき、村の若い者が会場に寄っておって「なんと、なんとかしてあの藤内狐を、ちとやっつけちゃらないけんだねか。」という話になったところが、一人の若い者が出てきて「ようし、ほんならわしにそれやらしてごせ。わしがひとつ狐をけえ、ちぇてもどってえらい目にくわしちゃあけん。」と言うから「まあ、ほんならどげなことすうだら。」と言って聞いたら、その若い者が「いんや、とにかくわしの言うやにしてごしぇ。」ということになって「馬一頭と綱を用意してごしぇ。」とその若い者が言うので、馬とロープを持ってきて「ほんなら行きてこい。」と若い者に言って頼んだげなわい。
そうしたら、その若い者が「なんだい他に用意せえでもええけん、囲炉裏になあ、火箸をかんかんに焼いちょいてごしぇ。」ということだけ頼んでおいて、その若い者は馬を引っ張って、そうして戸上の藤内さんが出て来そうなところへ、夜中にとんとんとんとん行って歩いておったげなわい。
それから、だいぶん歩いて行ったようなころに、その若い者がわざと「ばばさーん、迎えに来たっでぇ。」と言って大きな声でばあさんを呼んでみたら、そうしたらなあ、なんにも返事がなかったそうなわ。「今夜は狐がおらんだぁかなあ。」と思ったけれども、また歩いて馬を引っ張ってことことことこと先の方まで行ったときに、大きな声して「ばばさーん、迎えに来たでーぇ。」と言ったら、遠いところで、
「ほーい。」という声がしてきたというわい。
「は、こーら狐がおったぞ。今夜は狐をだまいちゃらないけんけん。」というので、声がしたげなわい。
それで、また、その声の方へ向かって、馬を引っ張ってとことことことこ歩いて行きたのだといや。それからまた、だいぶん行ったようなころでなあ、また大きな声をして「ばばさーん、迎えに来たでーぇ。」と言ったら「おお、おお、迎えにきてごいただか。」と大きな声がしたので見たら、細いおばあさんがしょぼろ腰して、そうしてとことことことこ、これも向こうの方からこっちへ歩いて来ておったげな。それから、その若い者が「ばあさん、おまえ、えらい遅しぇけん、迎えにきたところだが。おまえ、いまもう遅うなっていけんけん、この馬にほんなら乗ってそげしてまあいのうだが。」と言ったら、狐のばあさんが「ああ、せっかく迎えにきてごいたけん、ほんならもう馬に乗らしてもらわかい。」と言って、すっかりその若い者にだまされて、それで馬に乗ったげなわい。
それから若い者は持ってきておいたその紐で、そのばあさんの身体をぐーるぐるぐーるぐる馬に縛りつけて、それから馬から落ちないようにからみつけたげな。
そうしたところが、狐がまだ分からないものだから「まあ、そげにがいにからまでも、もういいわ。もうそげにからまでも落ちいへんけんなあ。」と言うけれども、その若い者は「えんや、落ちでもしちゃ危ねけん、しっかりからんじょかないけん。」と言って、馬の背中にそのおばあさんをがんじがらめにからんでしまったのだそうな。それから「さあ、ほんならいなっじぇ。」というので、その若い者は「はあ、ええ具合いに今夜は狐をだまいたけん、いんでけ、焼け火箸でけえ、ほんにええかていうほどけえ、こな狐をいじめてこましちゃらないけん。」と思ってとことこもどっていたら、途中になったら狐が、だいぶん苦しくなったらしくて騒ぎだした。
「なーんと、ちょうこーでいいけん、この紐を緩めてごしぇ。まあ、おらもかなわんやになったわ。もう緩めてごしぇ。」てって言うけれども、その若い者は「えんや緩めたぁなんかしちゃぁ、落ちいけん。そのまま、そのまんま。」て言って、そのまんま連れてもどっていたら、狐もだいぶんしてから気がついたげなわい。
それで狐は「なーんと、もうこらえてごしぇ、もうちょーっこう緩めてごしぇ。」と言うけれども「いんや、いけん、いけん。落ちいけん、落ちいけん。」と言っていたけれども、しまいになったところがなあ「なーんと、しょんべがしたんなった。」と言うもので、それで「しょんべがしたんなったなぁ、馬の上でけえ、しょんべこきゃええけんなあ、緩めたりなんかして何すうもんなら落ちたり、そうから今ここで降りたりなんかできへんけん、遅んなって。だけん、もうちょっこう辛抱すうだわ。」と言っておいてもどっていたけれども「なーんと、しっことうんこといっしょに出だいたけん、なーんと降ろいてごしぇ、降ろいてごしぇ。」と言って、今度はなあ、狐の方から泣いて頼みだしたげなわい。
それだけれども、その村の若い者は「えんや、もうちょっこうなかい、降りられえへの、降りられえへの。ちゃーんとこげしちょうだわ。」と言ったげな。
そうすると狐は「しーことうんこがいっしょに出ぇわ、しーことうんこがいっしょに出ぇわ、降ろいてごしぇー、降ろいてごしぇー。」と騒ぎ立てるけれども「なーに、この狐め。今日はちぇていんでぇえらい目にこかしちゃあけん。」と若い者も言いだしたから、狐も本当に恐ろしがって、そうして「こらえてごしぇ、しーことうんこがいっしょに出ぇわ、もう悪ことしぇんけんこらえてごしぇー」。と言うやつを、馬にがんじがらめにしたまんまで、若い者の寄っているその会場に向けてもどったのだげなわい。
「さーあ、連れてもどったぞー。焼け火箸を用意してああか。」と言っていうので、狐の化けたばあさんを馬から引きずりおろして、その焼け火箸をだれもかれもで、狐のタンペにべーたべーたべーたべーたひっつけて「こらえてごしぇー、こらえてごしぇー。」と言うやつを、無理やりにそのタンペに焼け火箸をひっつけてやったげなわい。
そうして「まあ、あんまりすうと今度ぁまた狐が死んだらいけんけん、まあこのぐらいで、ほんならもう放いちゃらや。」というので放してやっただげなわい。
そうしたらなあ、狐が泣いて、そうして一目散に山の方へ逃げたげな。そのときに、なんぼしたってタンペが熱いものだから、帰りがけにその川でタンペを冷やして、そうしてちょっとでも楽になろうかと思って、その川に尻をつけただがな。そうしたおかげで狐もそ焼かれたところが治ったけれども、焼けた尻を川につけたということから今でも「尻焼き川」という名前がついたのだげなで。
その昔、こんぽち。
(伝承者:昭和3年生まれ)
解説
主人公の藤内狐は、米子市内の戸上山にある藤内稲荷として祀られている。米子市の伝説として藤内狐の登場する話は多い。この話はそのようなものの一つである。