語り
とんとん昔があったげなわい。
寒い寒い十二月の雪のパラパラパラパラ降るような寒い日に、毎年のことだけども富山の方から薬屋さんが、薬の入れ替えに来られてなあ、で、集落の家から家へずーっとその薬を入れ替えに大けな薬箱を負って、次から次から家を回って行きなさったげなわい。
それでその薬屋さんは毎年そこを回って来られるから、家の人たちとみんな心安くなって「また薬を入れ替えに来ましたけんなあ、一つ今年もよろしく頼みますけん、来年もやって来ますけん。この時期にはまた一つよろしく頼みますけんな。」と言って、次から次から集落をずーっと回っておられたというわい。
そうしたところが、その薬屋さんが毎年その薬を入れ替えにその集落を回っておられたら、集落の人がえらく悲しんでおり、なんだか知らないけれどもはっきりものを言わず、寂しそうな気持ちをみんなが持っているおられるようだった。
薬屋さんは、庄屋さんのとこへ行ったそうな。
「なんと実は庄屋さん、今、ずーっとなあ、この集落を回って薬の入れ替えをさしてもらってここまで来ただども、なんでだい今までとは違った気持ちをわしゃ受けただけども、いったい何ぞあっただかなぁ。」と言ったら、庄屋さんが「なあ、薬屋さん、今までもずーっとあったことだども、この十二月の節季が近んなってくうと、毎年、悲しいことをこの集落はせないけん。」と言って次の話をしたそうな。
「なあ、薬屋さん、今夜はまあ一つ雪の降うことだけん、泊まってそげして、明日、次の他のところへ行くてていうことにして、ほんならわしがその話をしてあげえけん、ここの氏神さんには毎年節季になると、娘さんを神社に捧げ祭らにゃいけんことになって、で、毎年、この界隈から一人わて一人わて神社に持って上がって、そげしてその娘さんを捧げてしまってていうことは、その娘さんを何かが食ってしまって、さらって逃げてしまうだと。そいで今度はなあ、この集落のもうちょっこう下の方の、その家の娘さんが今年取られえていうことで、で、その娘さんが上がる日にちっていうものが、もう明日だか明後日だかいうことになっちょうけん、みんなが悲しんでおるとこだわな。」
それを聞いた薬屋さんは「ほんなら何が出てきて、その娘さんを取って逃げえだか、何と庄屋さん、わしに一回見届けさしてもらえんだあか。」と庄屋さんに頼んだら「いんやいんや、絶対にそのことはいけんだ。そうを他のもんが見いと、村中がその獣(けだもの)だか何だか分からんけども、もうえらい目こくけん、そいだけん、昼の明るいうちにその娘さんを連れて上がって、そいですぐ戻って来て、明くる朝間になあと、その娘さんがもうおらんようになっちょう。だけん、そうを薬屋さんよ、そらいけんぞ。」とこんこんと、庄屋さんは話したけれども、その薬屋さんは、
「いんや、どげでも見届けちょかないけん。」というので、その明くる晩、薬屋さんは庄屋さんには内緒で、その神社に娘さんが上がって来る、その時をちゃあーんと待っておって、そうして神社の横の薮の中に身を隠して、そうして何が出て来るか分からないけれども、娘さんを持って帰ろうとするそのものを、見届けなければならないと思っていたそうなわい。
そうしたところが、雪がぱらぱらぱらぱら降って、寒い寒い晩だったげなわい。十二時が過ぎて遅くなってしまったら、山の上の方から雪をかぶった何だか大きな大きな化物みたいなものが下りてきて、そうして娘さんを担ぎあげた箱の側まで寄ってきたいうわい。
その薬屋さんは薮の蔭からちゃあーんと見ていたけれど、大きな化物ではあるし、もう出ることもできないし、逃げることもできないし、ただじーっとしていて化物のことを見ていたそうな。そうしたら化物は娘さんの入っている棺に近づいてその蓋を開けて、娘さんの髪芯がをつかまえて、ギャーアギャーアいう娘さんをつかまえて山のまた上の方へまで、その娘さんを連れて逃げたというがなあ。
さあ、その薬屋さんはその化物がまた下りて来ないだろうかと思いながら恐ろしがりながらそこにおって、夜が白々と明けるようになって、その庄屋さんのところへ行き「何とこげこげな大けな化物だった。」とことの次第を庄屋さんに話いたというわい。
その庄屋さんも初めてそれが、そんなに大きな化物で目がぎょろんぎょろんしており、口は裂け、手には大きな大きな爪がついていることを知ったげなわい。
そして、まあ、何といってよいか分からなおが、あれが人間ども食うっていうウワバミというものかなあ、と本当にびっくりして「こな化物を何とかせないけん、来年は家の娘だか、その隣の娘だかが、今度ぁ来年の番になっちょう。その化物をとにかく退治ちゃらなならん。」ということになり、庄屋さんと薬屋さんは一晩相談したってっていうことだったげなわい。
その薬屋さんは庄屋さんに「なんと庄屋さん、わしはまた来年のこの時期には、もういっぺんやって来て、そしてその化物を見届けさしてもらったけん、今度は退治さしてもらう。わしも決心しておおとこだけん、来年ほんならまたお邪魔さしてつかあさい。いろいろどうもありがとうございました。ほんならまあお達者で正月しなはいよ。」と富山の薬屋さんはそのとき帰ったそうな。
それから一年たって、またその薬屋さんが庄屋さんところに大きな薬箱を担いで来た。「毎度ありがとうございます。また今年もよろしくお願いします。富山の薬屋でございますが。」と庄屋さんのところへも行き、あちこちへも行ったそうな。
そしてまたその化物に娘さんをあげる晩になったので、その晩には庄屋さんところで泊まって、娘さんが箱の中に入れられて上がって行くのを薬屋さんも庄屋さんの家からちゃんと見ておって「退治すうなら娘さんを上げでもええけん、上げずにおまえが行きて退治てごせ。」と、だれもが言うけれども「えんや、そうはいけんけん、とにかく娘さんを神社へ上げちょいて、そげして化物が出てくうやつを、わが退治すうけん。」と薬屋さんが言うものだから、村中の者がその娘さんを神社のところまで担ぎ上げて、その夜はちゃんとその神社のところに置いて戻ったというわい。
さあ、そうしたら、夜中の一時二時になってきたそうな。
そうすると、また、山の上の方から雪をかぶった大きな去年と同じ化物が出てきて、そして神社の方を見渡し、その娘さんの箱のところまで、ずーっとウワバミがやって来たというがな。
それから、その富山の薬屋さんも懐の中へちゃんと富山から化物を退治する細い箱を持って来ちておられたのだ。そして薮の蔭からちゃんと今か今かというところで、その化物が娘さんの入った蓋を開けて、手をまさに娘さんの髪芯がをつかもうと思っているときに、富山の薬屋さんが唱えごとを言われたそうなわい。
どんな唱えごとを言われたかというとなあ、
越中富山の平内左衛門 しっけいけえこそ きょうとけれ
ああ てっかはーか てっかはーか
越中富山の平内左衛門 しっけいけえこそ きょうとけれ
ああ てっかはーか てっかはーか
と二回言って、そしてその箱を手で懐の中で撫でなさった。
ところが、なんとその箱の中から飛び出てきた小さな小さな獣が、だんだんだんだんだんだんだんだん大きくなって、そうして今娘さんに手をかけているウワバミのところまでとんで行って、何と大変に格闘したというわい。
向こうもウワバミだから一生懸命に食らいつく。
こっちはなあ、大きな大きな狐さんみたいな大きな獣で、
それで「ケッカハッカケッカハッカ」といって大きくなったやつだから、ウワバミやなんかはほんに屁の河童で、とうとうそのウワバミがなあ、傷つけられてしまい、娘さんも手つけずに山の奥の方にとんで逃げてしまったいうわい。
その娘さんも連れて行かれることなしに、集落の人たちににぎやかに迎えに来てもらって帰ったそうな。
「富山の薬屋さん、どうもありがとうございました。おまえはいったいどげして、その化物を退治したか言ってかしてごしぇ。」とだいぶん言われた。
けれども、薬屋さんは「えんや、わしがまた今度そげなことがありゃ、言ってかしてあげえだども、そうは内緒で話されんけん、また、来年も頼みますけんなあ。」とその小さな箱をまた薬箱の中へ入れて、そうして雪の降る道をとことことことこ歩いて、また富山の方になあ、いんでしまいなさったとや。
その昔こーんぽち。(語り手:昭和3年生)
解説
関敬吾『日本昔話大成』によれば、これは本格昔話の「愚かな動物」のなか「猿神退治」である。迫力満点の語りである。