語り
なんとなんと昔あるとこにお寺があって、和尚さんと小僧さんの二人がおった。そげしたところが、その和尚さんがスイトンという名だった。
で、毎朝、時間も変わらんように何かが来て、「スイトン、スイトン。」こう二口ほど声をかけるので、「はい。」と小僧が起きて戸を開けて見ると何にもいないし、
「まあこら、不思議なことだ。」と思っておった。
それから、ある月の明かるい夜に、「おっさん、おら、今日は何だか見届けちゃあけん、長屋に隠れちょうますけんなあ。」と小僧は言って、物陰に隠れておった。
そうすると、とてもとても大きな狐が、なすなすなすなすなすやって来て、大きな尻尾で戸を、すいーとなぜておいて、頭をコトーンと当てれば、「スイトーン、スイトーン。」と言うではありませんか。
「あ、こりゃ、おっさん、狐だと思いなはい。今夜はの、あれ、退治ちゃあだけん。どーっこもけ、灯をとぼすやに蝋燭立ってけ、明かんなあやにしなはいよ。戸も開けずにおって、そおが来うとグワーッと戸を開けちゃあけん。そげすうと狐が中へ入ぁあけん。」と言って待っていたって。
それから、本堂もどこもかしこもみんな、灯をとぼすようにして待っていたところが、「そろそろ時間が来たぞ。」と言っていたら、またその狐が来て、「スイトーン、スイトーン。」と言う。
そこで小僧さんがガーッと戸を開けたら、とても狐がうろたえて、その寺に飛び込んだのだって。小僧さんは、「はや、おっさん、灯をとぼしなはい、とぼしなはい。」と和尚さんに言って、それから、和尚さんはみんな灯をとぼして、それからどこも尋ねてみるけれど、狐はいない。
「たしか入っちょう気がしたがなー。」と言いながら本堂へ行ってみたら、いつも一人おられるはずなのにホゾン(本尊)さんがちゃーんと二人おられるのだって。
「おっさん、おっさん、隣のホゾンさんが遊びに来ちょうなはあ。」
「あや、まあ、こりゃ結構なことだわい。」それから、「うちのホゾンさんは、『いんやいんやしなはい。』て言うや、いんやいんやしなはる。『合点合点しなはい』て言や、合点合点しなはりょったてなあ。」と小僧が言ったのですって。和尚さんも、
「ふん、そげ、そげ、そげだったじぇ。」と答えます。
それから、「ホゾンさん、合点合点してみなはいな。」て言ったら、一人のホゾンさんが合点合点しなさる。
そうから、「いんやいんやしてみなはいな。」って言ったら、またそうしなさる。本当のホゾンさんはそんなことはされないけれども、狐が化けているのだかねえ。
それから、狐を捕まえて火あぶりにするとかいうたいへんな騒動だったそうな。
そうしたら、「まあ、悪ことしたけんこらえてごしぇ。もうこげな悪ことすうやなことはないけん。」とその狐が、一生懸命に謝って頼んだのでやっと、「そいなら、もうこの周りにおらんにゃあこらえちゃあが、上方(かみがた)の方へ上がぁか。」と言ったら、狐も、「上方の方へ上がぁけえ、こらえてごしぇ。」と言うので。それで、やっと狐はこらえてもらったと。それで、それからはそのような化けものが出ないようになったって。 その昔こっぽし。(語り手:明治30年生まれ)
解説
話はどなたもご存じであろう。ただ、内容的にはいろいろなバージョンがあり、キツネが殺される場合もあるが、ここではその土地を去ることで許してもらうという、やさしい語りで収まっている。