語り
なんとなんと昔あるところに法印さんが、坊領(ぼうりょう)の浦島という宿屋に泊まっていました。そして、宿の人に、
「明日は大山へ上があけん、とうに起きて弁当作ってごしなはいよ」と言って休んだので、宿では早く弁当を作ってあげました。
なにしろ昔のこととて、今のような汽車や自動車などはなく、朝からワラジを履いて歩かなければならないので、法印さんは朝早く起きて、さあ、大山へ上がろうと思って、弁当をもらって鑪戸(たたらど)というところまで上がりかけたら、そこにキツネが寝ていました。
「あら、あげんとこへキツネが寝ちょうけん、おびらかいちゃらい(びっくりさせてやろう)」と思って、法印さんは、よく寝ているキツネのそばへ行ってホラ貝を吹いたら、キツネはとてもたまげてしまって跳び上がって逃げ去ってしまいました。
「キツネを驚かしてやったわい」と法印さんは、一人でおもしろがりながらどんどん山道を上がりかけて行ったら、あたりが暗くなってしまったのだって。
「あら、これ、昼間のはずだが。坊領からここまで来うに夜さにならにゃええが、まあ、何てことだらかい」と暗目で、それでも上がりかけているとお堂があったのだって。
「ああ、こぎゃんとこに堂がああわい。ほんに、ここへ入ってタバコしちょうだ(休憩している)わい」。こう思って入ったところ、なんとその中に化物がいるではありませんか。
「きょうとい(恐ろしい)ことだわい。なんだい化物が出た。はや、屋根に上がらんならん」。
法印さんは急いで屋根に上がり、どんどん上へ上へ行きますと、化物も、
「わが(おまえが)上がったてちゃあ、おらも上があわあ」といってついて来ます。
「しかたがにゃ。こら、ま、今夜はここで、おらは化物に噛まれえだわい」と法印さんは思って、その堂の一番上の屋根裏まで上がって、ネキにつかまって、
「ホラ貝の吹き納めだけん。もう一回ホラ貝を吹いてみょうかい」。
こう思って、一生懸命ホラ貝を吹いたところ、なんと、あたりが明るくなったのだって。
法印さんが見回してみますと、堂など何もありません。そして、自分は松の木のてっぺんの一番上の方まで上がって、木にしがみついていたのだったって。
実は驚ろかされたキツネが腹を立てて、その法印さんを化かしていたのだって。
その昔のこんぽち。
解説
昭和61年8月4日に聞かせていただいた。この話はれっきとした実在の地名や寺の名前が出てくる。そして語り手はみごとな雲伯方言の持ち主だった。
この話は稲田浩二『日本昔話通観』の分類によると、「笑い話」の「愚か者」の中の「法印と狐ー葬列型」としてその戸籍がある。
それにしても、聞く者をはらはらさせながら、最後に置かれたどんでん返しのおもしろさが、この話のポイントになっているのである。