歌詞
トンビ トンビ 羽一本落とせ
ネズミ捕ってやるぞ(伝承者:明治28年生)
解説
大空高くまるで舞でもまうように実にゆったりと輪を描いて飛んでいるトビに向かって、子どもたちはこう呼びかける。よほどトビの飛び方が気に入っているのか、似たような詞章はあちこちで見られる。例えば若桜町でも次のようにうたわれている。
トンビ トンビ 舞い舞いせ
ネズミ捕って食わせるぞい(伝承者:女性・大正2年生)
また、西部の岸本町では、次のようにやや変わったものもあった。
トビ トビ 回れ 問屋のかどで 団子串に挿いて 回れ
(伝承者:女性・明治28年生)
ゆったり飛ぶことをほめる気持ちは同じであろう。
県境を越えて島根県に舞台を移しても傾向は冒頭あげた歌と同様である。松江市の歌をあげておこう。
トンビ トンビ 舞ってごしぇ カラスに隠いて ネズミやる
(伝承者:男性・大正13年生)
同工異曲ではあるが、少し異なったものが奥出雲地方の横田町で見つかった。
トビ トビ 舞うて見しぇ あさっては 放生会(ほうじょえ)だ タイを買って投げちゃる(伝承者:男性・明治40年生)
トビに対して進呈するご馳走が、前者がネズミであり、後者は魚の鯛であるという違いはあるが、これらにも歌の背景には、先の歌と同様、悠然と空を飛ぶトビに敬意を表した気持ちがうかがえる。
なお、放生会であるが、これは生き物の供養のため、捕らえられている動物を放してやる儀式をいい、各地の寺社などで夏のころなど行われている。ただ、そうすると、この歌では放生会のため、せっかく殺生をやめて放たれたタイを、トビに食べさせてやろう、ということになり、やや矛盾を感じるのであるが、そこは子どもの無邪気さゆえに、不統一も許されるのであろうか。
詮索はそれまでとして、ここらで文献の方を眺めてみると天保2年(1831)の序がある小寺玉晁著『尾張童遊集』にまさに同じ系統を示す次の歌が紹介されている。
とんびとんびかへれ、 鼠とつてほゥりあげよ。
というのである。この歌は江戸時代後期のころに成立しているから、昔の尾張地方、すなわち現在の愛知県西部地方の子どもたちも同様の発想でトビの空を舞う姿のすばらしさを愛でていたのである。