歌詞
トンボ トンボ とまれ この指 とまれ
トンボ トンボ とまれ この指 とまれ
(伝承者大正元年生)
解説
男の子どもたちにとって特に親しいトンボの歌は意外と少なく、わたしの鳥取県では収録は、この沼田さんの歌以外には、若桜町大野で次の一例ずつを見つけただけだった。いずれもトンボを捕まえようとしてうたう歌である。
トンボ トンボ とまれ この指 とまれ(伝承者大正5年生)
形としては両者とも同じであるけれど、ただ、日野町の歌は同じ詞章を繰り返してうたったスタイルになっているだけである。実際は若桜町の場合も、その場に応じて日野町のそれと同じように繰り返されて歌われているのかも知れない。
鳥取県下で、他に事例がないかと文献に当たってみれば、稲村謙一編『鳥取のわらべ唄』(1984年・鳥取市社会教育事業団)によれば、昭和10年代に鳥取市立川町の岩田勝市氏が採集されたものとして、次の歌が紹介されているが、地名の記載がないため、県内の歌というだけでどの地方のものか分からない。しかし、氏の活動された舞台が東部なので、多分この歌も東部地区のものと考えて誤りはないと推定される。
盆にこい 鯖やろ
なお、これは捕まえたトンボを逃がすときにうたうものとの注釈が施されていた。
一方、島根県の方では、海士町御波で、
トンボ トンボ カメガラやるぞ(伝承者昭和3年生)
とうたっており、また奥出雲町上阿井では、次のようであった。
トンボやトンボ 麦わらトンボ 塩辛トンボ
もち竿持つも おまえは刺さぬ
日向は暑い こっち来てとまれ 日陰で休め(女性・昭和39年当時80歳)
わたしは、この歌を「日陰で休め」のところだけ省略された、ほぼ同じ形で三隅町森溝の古老からも聞いていた。
なお、金田一春彦・安西愛子編『日本の唱歌・上』(講談社文庫)によれば、「もち竿持つも」のところが「もちざをもつとも」、「こっち来てとまれ」が「こちきてあそべ」と変化している以外、全く同じ詞章で出ており、「作詞者・作曲者・成立年代すべて不明。藤田圭雄氏は、関西地方で歌われていたわらべ歌の一種らしいという」と述べられている。そしてさらに、一九一二年以降、東京神田にあった東洋幼稚園では、朝の時間の初めに全員でうたわれていた、とも記してあった。