昭和55年(1980)11月23日、八頭町門尾で採集
歌詞
向こう通るはお千じゃないか お千こりゃこりゃなして髪解かぬ
櫛がないのか 油がないのか
櫛も油もカケゴにござる 何がうれしゅて髪ときましょに
父は江戸に行きゃる 信二郎は死にゃる 一人ある子をおくまとつけて
馬に乗らせて伊勢参りさせて 伊勢の道から馬から落ちて 落ちたところが
小薮でござる 竹のトグリで手の腹ついて 医者にかきょうか 目医者にかきょか
医者も目医者もわしの手に合わぬ とかく吉岡の湯がよかろ スットントンヨ
また百ついた(歌い手:明治43年生まれ)
解説
この手まり歌は前半部には何ともいえないわびしさが漂っているが、後半部では一転して伊勢参りをさせた女の子のエピソードに変わり、吉岡温泉のコマーシャルソングのような終わり方となっている。
類歌は、鳥取市用瀬町・佐治町、岩美町などでも収録しているが、詞章の内容から見て、これは江戸時代にもうたわれていたものと思われる。
この歌は中部地区ではまだ見つけていない。西部地区では、次に紹介するように、大山町で一例だけ見つかった。しかし、例外的なのでこの歌は東部地区を中心にして伝承されているようである。
お千こりゃこりゃなして髪とかぬ 櫛がないかや 油がなぁいか
櫛も油もカケゴでござる 何がうれして髪ときましょに
とっつぁん死なれる 格さんお江戸 いとし殿ごは出雲に行きゃる
出雲土産にゃ何々もろた 一にゃこうがい 二にゃまた鏡 三にさらさの帯までもろて
帯にゃ短し 襷(たすき)にゃ長し 笠の緒にすりゃポロリと解ける(歌い手:明治40年生まれ)
前半部分は共通しているが、後半部はかなり違い、夫の出雲旅行の土産の品を、あれこれと披露している。それにしても最後のオチはちょっとユーモラスである。
歌の詞章が連鎖反応的に展開され、少し前の詞章とは、あまり関連を感じさせないのは、手まり歌にはよくある手法なので、例えてみればこれは連歌のようなつながりということができよう。