語り
むかし昔、鳥取に湖山長者さんといって、たいそうなお金持ちがおりました。湖山長者さんにはたくさんの仕事をする村の人がついておりました。今日は長者さんの家の田植えなんです。
「おーい、村の衆、みんな出ておくれ。今日は長者さんの家の田植えだぞぉ。」
いつもお世話になっている人たちが、いっぱい集まってきました。百人いるか二百人いるか数えきらないぐらいのたくさんの人で、田植えが始まりました。でもみんな衣装も整えて、きれいに並んで田植えをしていました。
あれやこれやでこの田もすんだ
どこのどなたもご苦労さん
ヤレ ご苦労さん どこのどなたもご苦労さん
腰の痛さやこの田の長さ 四月五月の日の長さ
ヤレ 日の長さ 四月五月の日の長さ
みんなは歌をうたいながら、とても楽しそうに田植えをしておりました。でも、長者さんの田圃はすごくたくさんあるので、なかなか進みません。植えたところを見ると、ずいぶん植えたような気がするけども、後ろをふり向くとまだまだ田圃が残っています。
「これ、今日のうちに直るかなあ。植えれるかなあ。」
みんなは少し心配になってきました。長者さんは二階の窓を全部開けて、田圃の様子をにこにこしながら見ていました。でも、だんだんだんだんお日さまは西の空に傾いてきました。もうまん丸のお日さまが半分より少し頭を出しているだけになったので、長者さんはあわてて奥の方から扇子を持ってきました。何をするかと思っていたら、扇子をパーッと広げて「太陽さま、お願いです。どうぞわたしの家の田植えが終わるまで沈まないでください。そこで止まっててください。」何回も何回もお願いをして、扇子で太陽さまをあおぎました。
するとどうでしょう。半分ぐらいしか見えなかった太陽が、ずん、ずん、ずんと上の方に上がって来るではありませんか。急に、暗くなりかけていた田圃の上の空が明るくなってきました。
「ああ、明るくなったぞぉ。」
「みんな、田植えが全部、今日できるぞぉ。」
村の人たちは大喜びで、一生懸命、田植えをしました。
「ああ、植わったぞぉ。」
「ああ、気持ちいい。よかった、よかった。」
みんなはそう言いながら、お家へ帰って行きました。そしたら太陽は、静かに静かに森へ沈んでいきました。
長者さんは「ああ、よかった、よかった。太陽さんはわたしをとても大切にしてくださった。太陽さんの方に足を向けて眠れないわ。」そう言いながらみんなが一晩休みました。空には星も出てるし、カエルも気持ちよさそうにケロケロ、ケロケロ…鳴いていました。
だんだん夜がふけて朝になったようです。一番鶏がコケコッコー、コケコッコー、鳴き出しました。
一番早起きのお百姓さんがパーッと外に出て「昨日、田植えをした田圃はどうかなあ」。
出てみると「エエーッ、おかしい。」昨日一生懸命植えた田圃に、苗の緑が見えません。
「おかしいなぁ。わしの目がどうかなったかなぁ。」
目をこすりこすり見るけどもやっぱり見えません。
「おおい、みんな出てきておくれ。昨日植えた田圃が、水ばっかりで稲がないぞ。」
「そんなバカなことがあるもんか。」
村の人たちも出てきました。
「あ、ほんとにない。」
「どうしたんだろう。」
「昨日植えた稲が一本もないぞ。」
「長者さん、長者さん、起きてください。昨日植えた稲がありません。」
「バカな、そんなことがあるもんか。」そう言って、長者さんは起きて見ました。
ガラーッと戸を開けて、自分の田圃を見ると、どうでしょう。昨日田植えをした田圃が一面、池になっているではありませんか。
「こんなはずはない。」
長者さんはあわてましたけども、昨日ゆっくり沈んでくれた太陽さんは、もう東の方に昇っていました。
「ああ、わたしが悪かった。もう沈もうとしている太陽さんを、無理に呼び返したから罰が当たったんだ。ああ、やっぱり無理なことをしてはいけないということだ。村のみなさん、すまなかったねえ。」と長者さんはあやまったそうです。
それからずーっとその田圃は池になって、今、鳥取大学のすぐ前にある「湖山池」というのができたというお話です。これで湖山長者のお話は、おしまいです。(伝承者:女性・昭和6年生)
解説
語り手の住所が南部町境なので西部の民話としたが、この伝説の舞台は、鳥取市湖山町に広がる湖山池であり、この伝説はあまりにも有名である。語り手は教育職に従事されていたこともあって、見事な語りである。