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昭和62年(1987)8月22日、智頭町波多で採集

語り

 昔あるとき、「分別佐平」といって、まことに分別ばっかり出していて、仕事もしない男がいた。それでお母さんは「正月が来るのに、ほんに餅なり酒なり何が一つも買えりゃあせん。こう休んどっちゃあ、こりゃあいけんじゃあ。」と言うけれども、佐平は根っから揺るごうとしなかったけれども、それでも思い直して「まあ、ほんなら今日はええ天気じゃけえ、ちょいと山いなと行ってみょうか。何かそいでも仕事してみょうか。」と言って出ていったそうな。
 そうしたところが、そのお母さんが「ちょいとわしの方が儲けよう思うて。」言うて、隣に大きな家の長者があって、その隠居さんが、毎日、左平さんのお母さんとこい遊びに来る。
「今日はどんなえ、左平さん。おられるかえ。」と言って。
「いつもおるじゃけれど、今日一昨日ちょいと出る。山へ行くじゃかどこへ行くじゃい『出る』言うて出とるけどよう。」と言ったそうな。
「そうか、そうか。」「まあ、隠居さん、上がって当たりんさいな。」と言うと「そうか、そんならまあ、何仕事もありゃせんし、ほんならまあ、退屈覚ましい上がらしてもらおうかい。」と言って上がるししたそうな。
 それでそのお母さんが屏風を立てて、そうして「まあ、隠居さん、こっちい転びんさいなあ。」と言って、その隠居さんをちょっと抱き転ばして、隠居さんと寝ていたら、その左平さんが帰ってきて、障子をちょっと開けて見るところが、わがお母さんがその隠居さんを抱えて寝ているものだから、大変に腹を立てて、そこへあった割木を隠居さんの頭ぁめがけて投げたら、当たりどこが悪くて隠居さんがころり死んでしまわれたそうな。そうするとお母さんが「何ちゅうざまあするじゃあ。ちょっとも金儲けもせず、仕事もせずするけえ、ほんに、今日、わしが儲けたろう思うて、何しおったら、ほんに人の考えも知らずと、何ちゅうざまあするじゃあ。」とお母さんが怒ったそうな。
 そうしたら、その左平さんが「まあ、待て待て、そがんことを言うても死んだ者はしかたがないだけえ、うらもちょいと分別がある。」と言って。
「その分別言ったて、分別ばっかりしとったって、働かなかっと金が転んでくりゃあせんわ。正月は今来るのに。」とお母さんも言うししておったところが、その傍らに空き家があって、そこで若衆が毎晩丁半をしているそうな。
 今日も今日もと丁半をするものだから、その隠居さんは、あんまり用がないものだから、そこへ行って「何と若衆、ほんにこげなことをすりゃ、うらぁほんに警察に言うたるが。こげなことは悪いことじゃ。」
「また、隠居さんが来たわ、隠居さんが来るとこじゃないに。」「いんや、いんや、悪いことをすりゃあそげなことはええことじゃないけえ、やめるじゃ。」と言う。
 そうしたら、若衆が「まあ、おめぇみたいになあ、隠居さん、ちょいとタバコ銭でもあげるけえ、まあ、ちょっとでも大目に見てなあ。」と言って若衆があげたりしていたら、そしたら、また今夜も行くがなあと思って、その分別左平がそのおじいさんを負って、そうしてその丁半をしているところの戸口へ行って、そしてあれこれ思案を出して、その隠居さんを立たしておって、自分が鼻をつまんで、隠居さんに似たような声を出して、「まあ、毎夜さ毎夜さ、こげなことはええことでねい、こげえな悪いことをすりゃあ、警察へ言うで。」「まあ、またほんに隠居さん、ほんに。もう来んさんないうて言うとるじゃがな、何でこっとおれるじゃいや。」若衆は、佐平が鼻をつまんで言うものだから、本当に隠居さんだと思って、「今日は、隠居さんじゃって、庄屋の旦那じゃろうが、まったくこらえりゃせん。」と言って、ある気の短い男が、何か持って出て隠居さんをたたいたら、もともと死んでいるものだから、ころんと転んでしまった。
 そうしたところが「ほんに。これは困ったもんじゃなあ、どげえしようなあ。」と言って相談していたら、だれかが、
「そいでも分別左平に行って、あれを頼まにゃどげしようもない。」と言ったところが「ふん、そうか。ほんならまあ、そうするか…」と頼みにやって来たそうな。佐兵は寝ていたところが「左平さん、おられるかえ。左平さん、おられるかえ。」と言うので「寝とる、寝とる、ここへ寝とるわいや。」と言って左平さんが、声を出しておいて「何じゃいや、遅うなってから。」と言えば「いんや、こうこうで庄屋の隠居が毎晩、丁半をしようりゃあ、来て言うけえ、ほんに今夜こそ思うて、もう棒持ってたたいたら、たたきどころが悪うて、ころんと死んで、そいでまあへえ、大歳小歳になるようになってから、ほんにどぎゃぇするじゃろうと思うて、困っとるじゃ。」と言う。
「何ちゅう悪いことをしたじゃいや、そぎゃいな悪いことをしたじゃかいや。」「何ぞええ分別を出いてみい。」と言う。佐平は「ふーん、よしよし、なら、分別を出すじゃ。」と言い「まあ、負わしてごしぇえ。」と言って、それを負うて、そうして、その隠居さんの家へ行って、そうして「ばあさ、ばあさ、開けてごせえや、今もどった。」と言えば、
「何が今もどったって、どこへ行こうに。また分別左平のおかあのとこへ行っとって。こげえなことで、今夜こそはもどしゃあせん。」と言って「もどいてごさにゃ、ずっとここにゃあ池へ飛び込んで死んでしまうぞ。」と言う。
「まあ。そぎぇなことを言うたって、死ぬなとこけるなと、どぎぇなとせえ、毎夜さ毎夜さ、何で分別左平のかかあのとこへ何でも遊びに行くじゃが。」と言って、おばあさんが怒っていたら、そしたら、その隠居さんを前の池の中へつっこんませたそうな。
 そうしたらジャボンという音がした。「やれこりゃ、本当にじいさんがずっと飛び込んだなあ。」と思って、おばあさんが起きて見れば、本当に池の中へ飛び込んでいるものだから、それから、みんなを起こして、隠居さんを上へ上げて「まあ、どげえしょうなあ、まあ、でも分別左平さんにまあ相談せにゃあ…」「正月が今来るじゃけえ、分別を起こいて考えてもらわにゃあいけんじゃけえ。」と言って、またそのおばあさんが佐平のところへ相談に来るので「よしよし、そりゃあ悪いことじゃったなあ。」と佐平はもったいをつけて、介抱したふりをしていたが、泣いてみせて「おお、こりゃあいけん。こりゃあまあ、ほんによう死んで冷たいがよう。」と言う。
「まあ、湯ぅわかしんさい。風呂をしんさい。」と言って、それから、風呂を沸かさせて、その死んだ隠居をそれから湯に入らせて、それから上げて寝させて「まだ温いじゃけえ、早うお医者に言うじゃ。」
 お医者に言って、ぬくぬくと布団を着せておったら、医者が来て診たそうな。
 それから「ありゃ、脈もねえし、こりゃあもうだめじゃが。そいけど、まあ温いこたあ温いけえなあ、でもしかたがない。ひどう温いことぁ温いけど、でも息が切れとるけえ、もうどうしようもないがよう。」と言ったそうな。
 そうして佐平はおばあさんの方からも、うんとお金をもらうし、そいから若衆の方からもたくさんお金をもらうしして、そしていい正月をしたとや。
 それでその分別の分いう字は、そこから出来た字じゃとや。 そればっちり。
(伝承者:明治40年生)

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解説

  分別佐平なる男は、なかなかしたたかである。人殺しを犯しながら、その知恵の使い方によっては罰せられずに済むばかりでなく、かえって大金をもうけてしまうのである。これは道徳的に考えれば、およそ許すことのできない内容を持った話なのであるが、昔話の世界では不思議とそれが認められている。人間の反面の心理を描いているのだろうか。


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