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昭和54年(1979)9月22日、智頭町波多で採集

語り

  昔、猟師が山へ行きましたら、どういうわけかその日は猟がなくて、何一つも獲物が捕れません。「何かないかなぁ。」と考えていたら、そこにいい男がいました。実はそれは蛇が男に化けていたのです。猟師はそういうこととは知らず、その男に尋ねました。「今日は猟がない日じゃが、おまえはのう、鳥か兎かおるところを知らぁせんかしらん。」「おるということを教えてあげる代わり、おまえの家の下手(しもて)のものを、わしにくれるか。」と男は答えました。
 猟師が考えても、家の下手なら榎の木しかないので、それぐらいならやってもよいと思って、「そりゃやるけえ、教えてえな。」と言いました。男は「ほんなら教えてあげる。この谷の右の奥に行ったところには、鳥も兎もなんぼうでもおるけえ。」と言うので、猟師が行ってみますと、なるほど本当に鳥も兎もいたので、とてもよい猟をして帰りました。
 そして「今日はほんに不思議に猟が一つものうて、もどりよったら、若いもんがおったけん、それぇ問うたところが、ここをずっと奥に入った右の谷に兎も鳥もおるけえ、言うたので行ったらええ猟ができたので、そがあしてもどったで。」「そうか、そりゃまあよかったけど…」「それだが家の下手のものをやる約束をしたが、榎の木をやらにゃいけん。」と言うとお母さんが「今日はあんまりよう陽が当たるもんじゃけえ、うちの娘が下手の方へ日向ぼっこに行っとって、機の糸をよったじゃが。」と答えました。「そうかそうか、それじゃあほんに、あのことが娘でなきゃいいがなあ…」と言っていたところ、二、三日してからりっぱな侍がやってきて「約束どおり下手のもんがほしい。」と言いました。蛇がりっぱな男に化けてきたのです。
「家の下手のものと言やあ、榎の木のことじゃろう。」「いや、違う。おまえの娘のことじゃ。わしの嫁にしようと思うんじゃ。」「うちの娘のこととは知らず約束したのじゃけえ、こらえてくれえ。」と猟師がいくら頼んでも侍は聞きません。しかたなく娘に「嫁に行ってくれ。」と言いますと、悲しんでいた娘も「そんなら行くけえ。」と承知しました。
「いついつかには、迎えに来るけえ。」と侍は帰って行きました。猟師は娘に言いました。
「ほんなら、おまえ、何なりと好いたものを買うたるけえ、行ってごせえ。」
「桐の枕、千と、それから針を千本を櫃(ひつ)に入れてくれえ。」と娘が言いますので、猟師は娘の言うとおりにしてやりました。
 その日が来るとまた侍が迎えに来ました。「ほんなら、まあ、おまえの住み家はどこじゃあ。」と聞きましたら、侍は「この谷の奥のずっと向こうの大きな堤のあるそこじゃ。」と言います。それから男が娘を連れてそこまで行きました。娘は「そりゃ嫁の荷物じゃで。これを沈めにゃ嫁入りはできんで。」と言って、それから櫃の中から桐の枕を千出して、ポーンと堤の中へ投げ入れました。そうすると、侍が急に蛇の姿に変わって堤に飛び込みました。そして、その桐の枕を一生懸命になって沈めようとしますけれど、一つ沈めれば一つ浮き、一つ沈めれば一つ浮きして、どうしてもみんなよく沈められなくて、しまいには自分も疲れて疲れて疲れきってしまい、堤の上に上がって、ぐっすり昼寝をしてしまいました。それを見た娘は、それから針を出し、蛇の鱗を一つ一つ起こして、その下へみんな針を刺して蛇を退治して帰ったということです。そればっちり。
(伝承者:明治40年生)

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解説

   この話は、蛇の役割が、常とう的な田の水を当てるものではなく、狩りに出た猟師に獲物のありかを教える代償として謎めいた要求をするのである。ここから、蛇は農業神たる水神ではなく、狩猟を司る山の神的な存在として眺めて行けばよいように思われる。


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