語り
昔あるところになあ、物好きな人がおって、どこにゃあどういううまいもんがあるっちゅうことを聞くと、すぐそれを捜いて回らにゃならん性分の人がおって、ある日に「どこそこの町ぃ出ると、ええ吸物があるそうな。」って「ふん、そりゃあええことだ。ひょっと出てみてやれ。」と、そいから町ぃ行ったところが『北の吸物』と看板が出とる。
「はあ、こら何だらぁか。」と思って、そいから「ごめんなさい。」と入って「この看板にある吸物、作ってもらえるかな。」「はい、できます。」それから、作って持ってきた。それから食べようと思って、その吸物の椀を蓋ぁ取ってみると、汁だけはあるけど何にも入っとらん。
「こりゃあ、おかしいもんだなあ。」それから、亭主を呼んで「なんとこの吸物にゃあ何にも入っとらんが、いったいこりゃどういうわけだ。」「へえ、お客さま、まことに申しわけありませんが、うちは看板に偽りはやっとらんとこです。」「そら、どういうわけだ。」と「外に出いてある看板の通り、北の吸物と書いてあるですから、皆実(=南)がないです。それで申しわけありませんが、中は空っぺです。北で南(皆実)がないっちゅうわけだ。こらえてください」って。
「うん、そうか、それなら仕方がない。」って、それでまあ、汁だけ吸って逃げて「ああ、あほにあったなあ、何とか次のええもんないかなあ。」と思って回りよったら、『大名の吸物』ちゅうものがあった。
「あ、この大名の吸物なら、そりょお、そう粗末なものはなかろう。」と思って、それからまたその店に入って「看板にある大名の吸物できるか。」ってったら「できます。」って。
それから作ってもらって、持ってきたけえ、やりかけて蓋ぁ取ってみたら、親指の頭ぐらいな餅が二つ入っとった。
「おい、亭主、何だ、おまえ、大名の吸物ともあるもんが、たったこれ、団子ぐらいなもんが二つとはあんまりじゃないか。」って。
「へい、お客さん、恐れ入りますけどそれでも看板に偽りはありません。大名の吸物ちゅうものは、大名は大きな大名もありゃぁ小さい大名もある。いろいろありますけど、このうちの店の看板は「大名の吸物」というのは、細くても白餅ちゅうことで、細うても白(=城)を持った大名さん、『城持ち』だ、ちゅうことで、これでこらえてください。」「は-あ、そうか、そりゃあしかたがない。」ま、そういうことで歩いて回ったけど「今度ぁもうどっこも行かん、あれるほど阿呆にあったけえ。て、ほっでもどってきたって。昔こっぽり。(伝承者:明治40年生)
解説
関敬吾『日本昔話大成』の中にはみつからない話型であるが、どこかとぼけた面白みが感じられる。笑話に分類出来る単独伝承の話といえるだろう。