語り
昔あるところへなあ、一人暮らししとったもんがおっただけど、その分が欲で欲で、嫁さんをもらったって、嫁さんに食わせるもんが惜しいって。それで一人暮らししとった。そうしたら「わたくしは飯も何にも食わいでもええけえ、嫁さんにしてください。」って、来たもんがおる。それでその人は「いやー、こりゃ飯ぃ食わせえでもええ嫁ならもらわあかーと思って、もらって。そんで何日たっても飯を食わん。
「ほんに、こいつ、飯を食わあでもええやつだらあか、何だらかなー」と思って、そいからある日に「おれぁ、ちょっと用があるけぇ出てくるけえ。」ちって、そいから出たふりをして、あまだへあがって、さ-っとのぞいて見たら、その女が釜へいっぱい飯を炊いて、そいから髪ぃばらばらに分けて、その中へ飯を取っては入れ、取っては入れして、そいからみんな飯を入れてしまって、そいから髪を元の通りにしてしまった。「はーあ、やっぱりこいつ、蜘蛛の化けだったか。しかたがないー。」
それからもっどて知らん顔をしとって、 そいから明くる日に「なんと、長いことおってもらったけど、おまえ、いんでごせ。」言って「ああ、気に入られんちゅうことならいにますけど、なら、あの、今まで働いた分に、桶を一つ買ぁてごしなはれ。」って。「ああ、桶なら買ぁちゃる。なら、待っちょれ、買ぁてくるけえ。」て、そいから桶を買いに出てもどって「なら、まあ、これでええか。」ったら「うん、ええ、ええ。」って。そいから「まあ、帰りますけえ。」って、言ったと思ったら、その男を桶の中へぽいっと投げ込んで、ふいとこふいとこふいとこふいとこ山の中へ入った。
さあ、その旦那さんは桶から出ようはないし、困っとったそうな。「あああ、まあ、ちょっとたばこしょうかい。」って、その女がたばこしたところに、えんまに上の方から木の枝が出とった。
その木の枝へさばってぐ-っと浮き上がって、やっと助かって、そいから「どこ行くだらあかとー。」思って後をそろーっとつけたら、奥の方に帰って「お-い、もどった、もどった。おまえたちにええおかずを取ってもどたったけど。」って、そいから桶を見たらないだけえ「ありゃ、どっかで抜けて逃げたかなあ、まあしかたがない。」って、そうしよったら神様のお告げに「そりゃ、あの女房は蜘蛛の化けだけえ、それで旧の五月の節句にゃ菖蒲と蓬と茅といっしょにくくって、屋根へ飾っとけ。そうすりゃあもう来んけえ。」「やれ、こりゃありがたいことだ」と思って、そりょうもどってすぐやったら、来なんだって。
それで今でも旧の五月の節句にゃその屋根を替えるちゅうことに、昔話でずっと伝わってきとるだけえ、それを今でもするやになっとる。それだけが昔からの伝わりだぞ、よう覚えといてよ、昔こっぽり。(伝承者:男性・明治40年生)
解説
語り手の話では、魔物を退治する茅について「昔は山を焼いていたが、焼かない所の茅がよい」と話しておられる。ところで、関 敬吾『日本昔話大成』の分類では、この話は本格昔話の「逃竄譚」の中に「食わず女房」として位置づけられており、各地で好まれるようでよく聞くことの出来る昔話である。