鳥取県教育委員 今出 コズエ
社会全体が抱えている問題の根っこに、人間関係が築けないためということをよく耳にします。人間関係に悩み、心を病んでいる人が、子どもから高齢者まで多い昨今です。
最近、次のようなニュースがありました。
それは、大学生が、学校の食堂で食事をするのではなく、トイレで食事をするというのです。少数の学生でしょうけれども、一人で食事しているのを見られるのは嫌、あの人はいつも一人、友だちがいないと思われるのが、辛いからだそうです。その気持ちが分かるという学生もいました。インターネットや携帯電話があれば直接人とかかわらなくてもとりあえず生きていける社会の仕組みが、ここまで人間を変えてしまったのでしょうか。
また、高齢者の万引きの動機は、「孤独」が調査者数の24%、つまり、4人に1人ということです。経済的な動機を上回っていることを考えると、人は人と共に、支えあって支えられて生きたいと切に望んでいるのだと改めて強く思います。ことに高齢になってからの孤独は、耐え難く寂しく辛いものでしょう。
人間関係づくりは、子どもにとっても大人にとっても、急を要することであり、さまざま取り組みがなされています。私は、日ごろより、人間関係を深めたり、修復したり、精神が安定したりすることを期待して、暮らしに歌(音楽)を身近なものとして取り入れたいと考えています。
さて、県教育委員会では、教育現場の状況を知るために、県教育委員が年に数校、県内の小・中・高校、特別支援学校の学校訪問をしています。主な内容は、学校経営についての聞き取り、授業参観、児童・生徒・教職員・保護者の方々との話し合いなどです。参考になる意見や子どもたちの考えを聞き、多くのことを学ばせてもらっています。
7月には、倉吉市立河北中学校でスクールミーティングを行い、明るくしっかりとした河北中生徒の学校生活の様子に触れさせていただきました。子どもの育ちは、授業での子どもの姿で一番よく分かるものですが、公開授業では、音楽担当の小谷敏彦先生の指導の下、1年生と先生が一体となって50分の授業が楽しく展開されていました。「全体の中でも、埋没しない個であること。個であっても、全体とのかかわりがあること。」「学習規律は音楽のもつ力で。」という根本的な考え方がすばらしく、アイディアが豊富であり、見事な全員参加の授業であり、美しい歌声を聞かせてもらいました。
生徒の感想に「音楽の時間はいつも楽しかった。みんなとのかかわりがたくさんあるので、みんなと、仲良くなれたし、いい協力ができた。」「全校合唱では、音楽の時間が一番楽しかったです。歌声をみんながあわせるとき、とてもきれいに聞こえて、気分がよかったです。」と生徒は書いています。仲間と共に育つ、子どもたちの心の成長が感じられ、うれしく思いました。
人間しか持っていない言葉を使って、人は人間関係を紡いでいきます。言葉は、人のみに与えられたすばらしい能力です。しかし、考えてみると、歌(音楽)は、初めて出会った人とでも、言葉が通じない外国の人とでも 、あっという間に心を通わせ、喜び合い、共感しあうことができます。また、一人の歌手、数人のグループの歌手が、何万人もの観衆を集めコンサートを行い人々を魅了します。旋律・リズム・歌詞が一体となって人間が持っている本来の力を引き出し、人々の心をわくわくさせる不思議な力が歌(音楽)にはあるのでしょう。
私は、子育ての講演をする機会がありますが、親子のふれあいをもつために、「ぜひ、家庭に歌を、音楽を」という話をしています。「子守歌」「夕焼け小焼け」「からすの子」「ひなまつり」「春よこい」「しゃぼんだま」「ぞうさん」などの資料を準備し、お父さん・お母さんと一緒に歌うようにしています。
小学校の教材に「手ぶくろを買いに(作 新美 南吉)」がありました。森の子狐が、人間の世界に手袋を買いに出かけた帰り道。一軒の窓の下で、「ねむれ ねむれ 母の胸に、ねむれ ねむれ 母の手に。森の子狐もお母さん狐のお歌をきいて、ねんねしていますよ。」という人間のお母さんのやさしく美しい歌声を聞き、子狐は、母さん狐の待っている森にとんで帰っていくシーンが心に残っています。
また、沖縄の歌「童神」(わらびがみ)の歌詞を読んだり、歌ったりもしています。
天からの恵み 受けてこの地球(ほし)に
生まれたる我が子 祈りこめ育て
イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー
愛(かな)し 思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
太陽の光受けて (略)
かけがえのない大切な大切な我が子よ 元気に育てという歌詞が大好きです。聞いてくださる方が優しい気持ちになってくださればと思っています。
歌(音楽)があふれている家庭は、子どもたちの心が安定して、毎日、元気に暮らしていけると思っています。わらべ歌・童謡は、父・母の思い出と共に一生心に残るものだとも思っています。
中学生の学校が好きな理由に、みんなで取り組む二大学校行事 「体育祭」「文化祭」があります。みんなと協力しあう中で、友だちとのふれあいも深まり、達成感が大きい行事です。各組対抗の合唱コンクールも子どもたちは、夢中になり、時には、喧々諤々しても練習すればするほど成果が見え、気持ちが高まってきます。
少し前になりますが、中・四国音楽教育発表大会(幼・小・中・高)が米子市で開催されました。発表会までの準備は大変なこともあったでしょうけれど 、それはすばらしいものでした。日ごろの授業の積み重ねが元になり、みんなでひとつのものに取り組む楽しさが、子どもたちのやる気を引き出したのでしょう。美しい歌声、演奏は感動的なものでした。子どもたちは、とてもいい経験をし、これをきっかけに一層、暖かい仲間関係を築いたということです。
前述の河北中学校でも、「校歌」が大切に指導されていました。校歌には地域の特色、校訓などが織り込まれています。私の場合、小学校の校歌は文語調でもあり、言葉も難しかったのですが、事あるごとによく歌ったものです。卒業して50年以上経った今でも、歌詞が思い出され、歌うことができます。先生のこと友達のこと校舎のことと共に。
1 雄々しくたてる 伯耆富士 波しずかなる 錦浦
ああなつかしき 啓成の 学舎のさまぞ たのもしき
2 知徳をみがき 身をきたえ 向上進取 ひとすじに
たわまず折れぬ 心もて 高く歌わん 学舎の名
(3番 略)
大概の同窓会の席では、校歌を歌い、一気に連帯感が再燃します。「校歌」は、人をつなぐ大きな力を持っています。
学校教育の指針である学習指導要領が改訂され、平成23年度(小学校)、平成24年度(中学校)、平成25年度(高等学校)より、完全実施されます。改訂指導要領のキーポイントに、現在の指導要領と同じく、「生きる力」があげられています。
「生きる力」を生み出す人間関係づくりは、現在も諸々取り組まれてきていますが、「歌(音楽)の力」を見直し、学校教育、家庭教育、社会教育で意図的・積極的に取り組んでいくのも、一つの方法だと考えます。