鳥取県教育委員会 委員 今出 コズエ
1はじめに
「本を子どもに読ませたい。」という願いは、多くの人の思いであると考えています。
わたくしは、教職を辞した後、県教育委員の重責をあずかりましたが、子どもたちの学力向上、青少年の健全育成等に関するさまざまな会議の中で、読書の大切さがよく語られているのをうれしく思っています。前片山知事は図書館に対し大変熱い思いをもってくださっていました。お陰で、県下の図書館環境に多くの変化をもたらしました。図書館教育推進に欠くことのできない司書教諭の県立高校全校配置をはじめとし、多くの力をいただきました。
さて、学校図書館法が制定されたのは、戦後間もない、昭和28年でした。しかし、重要と分かっていても、学校図書館は学校の片隅に置かれた状況が続いてきたのです。わたくしは、教員になって以来、ずっと、子どもたちが本を読んで本を好きになってほしいと願い続けてきましたが、なかなか図書館教育の推進は図られませんでした。また、教員も保護者も本を読むことは大事なことだと分かっていても、毎日の暮らしに直接影響することではないので、読書に対する切実感は一向に高まらなかったのだと思います。図書館教育への関心と重要さの認識が不十分であったといえましょう。
しかし、世の中の急激な変化に対応するために、現在、図書館教育(読書指導と図書館利用指導)の重要性が具体化し、子どもたちが本を読んだり、本を活用したりする環境は、かなり良い方向に変わってきました。鳥取県においても図書館教育に積極的に取り組み、年間に貸し出し数一人100冊を目標にしている学校も出てきています。
現在、子どもたちを取り巻く課題は、山積しています。考える力・場に応じた判断力・豊かな心を育むために大切なこととして、本を読む子どもを育てることが望まれます。学校だけでは、本を読む子どもは育ちません。家庭・地域社会全体の力が必要なのです。
学校教育での現在の様子を中心に状況をご紹介し、県民の皆様、また教育関係者の方々にご理解をいただければ、ありがたいと考えます。
2 子どもたちの読書の姿
読書に関心を持つ子どもたちが、数年前と比べると随分増えてきました。それは、20世紀の末から21世紀を迎えるにあたり、読書に対する世の中の動きが活発になり、読書環境が大きく変わり始めたからだといえます。
(1) 子どもの読書環境の主な動き
〔国の主な動き〕
- 昭和28年(1953) 「学校図書館法」制定
- 平成 9年(1998) 「学校図書館法の一部を改正する法律」施行
- 平成12年(2000) 子ども読書年
※国を挙げて子どもたちの読書活動を支援する国際子ども図書館開館 上野公園内
- 平成13年(2001) 「子ども読書活動の推進に関する法律」制定
(基本理念)
子どもの読書活動は、子どもが言葉を学び感性を磨き表現力を高め、想像力を豊かなものにし、人生を深く生きていく上で欠くことのできないものであることをかんがみ、すべての子どもがあらゆる機会とあらゆる場所において自主的に読書活動を行うことのできるよう、積極的にそのための環境整備が推進されなければならない。 |
-
平成13年(2001) 「子どもの読書の日」制定 4月23日
- 平成14年(2002) 「子どもの読書活動推進に関する基本的な計画」
- 平成15年(2003) 学校図書館法の一部改正により12学級以上の全ての学校に司書教諭を配置
- 平成17年(2005) 「文字・活字文化振興法」制定
〔県教育委員会・学校関係の主な動き〕
- 昭和63年(1988) 「朝の読書」運動が千葉県舟橋学園女子高校で始まる。
- 平成 8年(1996) 第一回「朝の読書」交流大会が米子市で開催。 この頃から、鳥取県の学校で取り組みが始まる。
- 平成10年(1998) 鳥取県教育研修センター「朝の読書」支援始まる。
- 平成14年(2002) 鳥取県で第17回国民文化祭主催事業として「日本の出版文化展『本の国体』」を開催。
- 平成16年(2004) 「鳥取県読書活動推進ビジョン」策定
上記のほか、県教育委員会においては、司書教諭の養成・全ての県立高校への図書館司書の配置など学校における環境整備に努めるとともに、「地域輝く子どもの読書活動推進事業」の実施や「読書活動推進フォーラム」の開催など子どもの読書活動推進に取り組んでいます。
一方、市町村や地域のボランティアの皆さんの協力により、幼稚園や保育所での本の読み聞かせなども充実してきました。
〔関係機関・諸団体の動き〕
県内の読書活動推進については、これまで学校図書館協議会・図書館協会・図書館協議会などによる全国的で積極的な活動が続けられてきています。そして国や県の施策にも反映され、読書活動の充実に資する大きな力となっています。
また、近年、公立図書館と各学校との連携、市民団体・ボランティアによる読み聞かせなど活発な動きが見られます。市町村では、赤ちゃんの頃から本に親しむことの大切さを伝える、いわゆる「ブックスタート事業」が試みられています。
(2) 朝の読書
鳥取県内の小・中・高校の多くの学校が取り組んでいる読書活動の一例をご紹介します。
鳥取県の学校が、「朝の読書」全国一位ということをご存知でしょうか。
「朝の読書」というのは、一校時の学習に入る前に10分程度、本を読んで、授業に入るという取り組みです。実施にあたり、「みんなでする」「毎日する」「すきな本を読む」「ただ読むだけ」という四つの原則があります。この取り組みは、取り組みやすく、効果が大きいことから全国の小・中・高校の共感を呼び、取り組んでいる学校が、10年前に全国で100校であったのが、本年5月には24,600校を突破した状況です。いかに評価と期待が高いかということが分かります。小・中・高校の総数に対する取り組みの学校の割合が、鳥取県が全国一位ということです。
ここにいたるまでには多くの関係者の方々の努力があり、現在も一生懸命取り組まれています。
朝の読書が始まりますと、学校中がシーンと静まり返り、ふと気がつくと、小鳥のさえずりが聞こえます。飼育小屋の鶏の声、ときには蛙の声も聞こえます。騒音に囲まれて生活せざるを得ない毎日です。朝の読書を始めると、この時間、このシーンとしている空間にも感動します。シーンとした中で子どもたちは本に読み浸っています。わずか10分ですが、値打ちのある時間です。
鳥取県下の子どもたちの多くが、朝、静かに本を読んでいる姿を想像しますと、胸躍る気持ちがいたします。この活動が始まって以来約10年です。小・中・高と連携してやっていますので、これから確かな成果が生まれてくると期待しています。
(3) 司書教諭・図書館専任職員の配置
~「図書室にいつも先生がいる。行ってみようかな。新しい本もあるよ。」~
学校図書館への司書教諭・図書館専任職員の配置によって、学校全体の雰囲気と本を求める子どもたちの姿が一変しました。鳥取県の司書教諭・図書館専任職員の配置は、県そして各市町村のご理解とご努力により予算措置がなされ、充実しつつあります。
司書教諭・図書館専任職員の配置により、図書館内の雰囲気が明るくなり、子どもたちの出入りの数や様子が10数年前とは隔世の感があります。子どもたちにとっては楽しいところとなっています。授業中から休憩時間から放課後まで、一日中子どもたちが活動する大切な場所です。司書教諭・図書館専任職員は、本を選ぶことや本の配置、読み聞かせなどの工夫、学習の指導・援助、地域の図書館との連携などで子どもたちに本に親しんでもらおうと懸命な状況です。図書館は好きな本を選んだり、教科学習を深め広げる場であり、情報をつかみ、選択し、生活に生かす学びをする場、友だちや先生と交流のできる子どものくらしになくてはならない場となっています。
3 読書活動の課題
県内の多くの学校が「朝の読書」を始めとして読書活動に積極的に取り組んでいることは、他県に誇れるすばらしい活動です。しかし、学校での読書は少しずつ定着しつつありますが、生活の中に根付いているとは決していえないのです。朝の読書はできるけれど、それ以外は難しいという子どもが多いのが現状なのです。読書は心の栄養です。ご飯を食べるように心の栄養として、本を読むことが根付いて欲しいものです。鳥取県が取り組んでいます「心とからだいきいきキャンペーン」の中でも、「じっくり本を読もう」ということを6つの柱の1つにあげています。
今、学力の高さで話題になっているフィンランドの図書館利用率は、世界第一位です。フィンランドは国の政策として読書を大切にして、国民を育てています。国の事情は異なるとはいえ、考えさせられることです。
大人が本に関心を持ち、家庭でも本を読んだり、感想を話し合ったり、紹介しあったりして、大人が本に楽しむ姿を示すと子どもが変わってくるでしょう。これからもっと多くの子どもたちに本に興味を持たせるためには、学校教育だけでやっていても浸透していきません。社会全体が動くことによって、家庭での読書が日常的なものとして広がっていくことが期待されます。
司書教諭は法制化されましたけれど、専任教諭ではないので、学級担任をもちながらの活動となっています。また、図書館専任職員と前述していますのは、市町村雇用の形態をとっている職員のことであり、勤務時間を始めとする雇用状況には、まだまだ市町村毎にばらつきがあります。県や各市町村の積極的な行政の動きが、読書環境を支え、それに伴う子どもの姿が変わりつつありますが、財政が逼迫する中にあって、図書館関係の予算の確保が強く望まれます。
4 おわりに
世の中が大きく変化する社会状況の中で、子どもたちの環境も大人社会の影響を直接に受けています。多くの課題は人間関係が稀薄になってしまったことが要因と考えられます。自分で判断し、考え行動する人間の育成が求められています。人と人とが理解しあって初めて人間関係や社会生活をスムーズに行っていけるものです。人と人とが理解しあうためには、自分の意志を伝えたり、人の考えを聞いたりするために必要な言語能力が求められます。読書はその力を育てるために欠くことのできない学びです。
読書の大切さを認識し、真に学力のある豊かで確かな子どもたちを育てていきたいものです。