教育委員長 中島 諒人
先日、東京、池袋の東京芸術劇場という場所で、首都圏在住の人たちに「鳥取県に移住しませんか!」と投げかけをする二日間のイベントを行いました。主な対象は子育て世代のお父さん、お母さん、それから子どもたち。私が主宰する鳥の劇場の演劇『白雪姫』を観てもらい、上演の前後に子育てや暮らしのことについて、鳥取に移住した人からいろいろなお話もしてもらう、というものでした。劇場のロビーには鳥取の手作りの工芸品や食品のセレクトショップ、杉で作った遊具のコーナーなども設けられました。
いわゆる田舎暮らしが注目されています。一昔前までは、定年でリタイアした人が出身地に帰るとか、都会でいろいろやってみたがうまくいかなかった人が、隠遁するみたいな感じで転居するというのが、都会から地方への移住のイメージだったと思います。それが大きく変わりつつあります。東日本大震災、原発事故という不幸な出来事も、都市から地方への流れを大きく後押ししました。
東京は楽しいのです。私も大学進学で東京に出て、20年ほど過ごしました。何しろモノと情報がたくさんあります。大量生産大量消費を目指す社会状況に最適化された都市です。経済的な規模の拡大と、効率化が最大の目標です。何もかもが経済的価値に換算され消費の対象となることは、社会全体にある種の勢いを与えました。けれど、経済成長にも限界が見えてきたいうのが、この20年ほどの状況です。経済の速度の裏では、資源が大量に使われ、環境に大きな負荷がかかります。人の心にも大きなストレスを与えます。子どもや老人、障がいのある人は大事にされません。
何か高価なものを買うために、心と体をすり減らして働く。けれど、その何かを手に入れても、またすぐに別の何かが欲しくなる。そういう終わりのない繰り返しから抜け出したい。現在が、未来のための手段として我慢の時間となるのではなく、今を生きることを味わいたい。人の中に生き、自然に囲まれ、文化と文明の中にあることを胸いっぱい喜びたい。都市から地方への若い世代の動きには、大きな意味での人生観の変化が背景にあるのだと思います。
はじめの話に戻ります。イベントは大盛況でした。イベントを通じて、教育の大切さについて改めて考えました。移住を考える若い家族にとって、公教育の質が高い、特別な魅力を備えているということは、引越し先を考える上でかなり重要な要素です。若い移住者を増やしたいなら、教育の質を上げることが必要。それから、もう一つ、こちらがはるかに大切で難しいことですが、では、質が高いとはどういうことか。知識の習得ばかりを大切にする教育はもはや求められていない。大量生産大量消費、経済と効率重視に適応してきた古い教育が、時代状況の変化にうまく適応し、変化することができるか。言うまでもないことですが、それは移住という問題だけにとどまらない、私たちのコミュニティーの将来に直結する課題です。東京に様々な資源を提供し、その見返りに支えてもらうという従来の地方のあり方では、私たちのコミュ二ティーは、消滅してしまうかもしれないのですから。
いろいろな人や自然、文化文明の中で、自分を誇り、異なる者を尊重できる社会。互いの違いを大切にしながら、自律的で協働的な共同体を作る。そのための人材育成が、今の教育に課された使命です。とても難しい。しかし絶対にやらなければいけないことです。