鳥取県教育委員 若原道昭
最近、偶々ある新聞記事の中で農業高校を題材にした『銀の匙 Silver Spoon』というマンガが紹介されているのを目にしたことから興味を覚えて、これを取り寄せて読んでみました(まだ全巻を読み終えてはいません)。たかがマンガかと侮られるかも知れませんが、なかなかどうして意味深い内容が含まれているように思うのです。
これはある少年週刊誌に2011年から連載されているもので、これまで13巻にまとめて刊行され、さらに続編が予定されているようです。北海道の「大蝦夷農業高等学校」という架空の高校を舞台としてスト-リ-が展開されていますが、とくに農業高校の生徒たちを中心とする学校生活やその周辺の日常が好意的に描かれ、それを通して日本の競争社会や学校教育や農業の現状(例えば農家の後継者問題等)について考えさせられる点も多くありますし、ときには経済的な豊かさや効率と便利さだけを追い求めてしまいがちな私自身の人生観を揺り動かされたりすることもあります。そして何よりもこのような農業高校を取り上げたマンガが数年にわたって刊行され続けているということ自体が興味深く思われ、その社会的な背景についてあれこれと考えてみたくなります。少し大袈裟かも知れませんが、「成長から成熟へ」と言われるような現在の日本社会の転換を象徴している現象のようにも感じられるのです。
私がこのマンガに出会ったきっかけは先に述べたように一つの新聞記事でしたが、それが目にとまったのにはそれなりの理由があります。私はもともと「趣味は畑仕事と樹の世話です」と自己紹介するくらいに農作業が好きだということもありますし、教育委員としてこれまでに何度か農業高校を訪問させていただく機会があったということもあります。さらにもっと大きな理由として、私の以前の勤務先である龍谷大学が2015年4月に日本の大学では35年ぶりとなる農学部を新設したことから、大学と農業高校、大学と農業界の連携協力に関心を抱くようになったということがあります。
大学だけではなく日本の学校はいま、主体的能動的な学習者を育てるために教育の質的転換を求められ、それを実践する方法の一つとして学校外の地域社会(自治体、企業、団体、他の学校等)との協力と協働に力が注がれるようになっています。とくに人口減少の進行が著しい地方では、人材養成を行う学校と地域活性化政策を担う自治体、人材を受け入れる企業、地域活性化のために活動する団体の間のこの協力協働関係は学校と地域社会の双方にとって相乗効果をもたらすはずです。地方の人口減少が地域経済の縮小を招き、その経済縮小がさらに人口減少を加速させ、学校の存続も困難になるという負のスパイラルに陥ることを回避するうえで、学校と地域社会の連携による雇用創出と若者の地元定着は今後いっそう切実な重要な課題となってまいります。このような視点からも『銀の匙』は何か示唆を与えてくれるのではないかと楽しみにしています。