鳥取県教育委員 若原道昭
2014(平成26)年に亡くなられた鳥取県米子市出身の経済学者宇沢弘文(うざわ・ひろふみ)氏のお名前は県内でもご存じの方は多いと思います。文化勲章の受章者でありノーベル経済学賞受賞候補者でもあったと言われており、国内外の多くの研究者がその学問的思想的な影響を受けています。
「成長から成熟へ」という、環境問題や社会的平等の視点から経済的な成長優先の政策を批判してこれを見直す動きが強まっている今日、私たちがその業績に学ぶべき点は多いでしょう。
他方で、氏が「社会的共通資本」という基本的な考え方のもとに自然環境・社会的インフラ・制度資本の三つのカテゴリーに分けられた個々の社会的共通資本のあり方を幅広く検討し、その制度資本の一つである学校教育にも深い関心を向けていたこと、そして実際に小学校や高校の教科書の編集に加わったり教育問題について積極的に発言したりしてきたことなどは、あまりに大きな数理経済学者としての業績の陰に隠れてしまっているかのようで、意外と知られていないようです。
氏が残された数多くの著作の中には『日本の教育を考える』(岩波新書1998年)があり、しかもその中の最終章には「鳥取県の『公園都市』構想」と題された一文がおさめられています。私自身も先年、鳥取環境大学のある先生に教えられて初めて知りましたので偉そうなことは言えませんが、その後いろいろな人と話をしてみてもどうもこの一文を知る人はあまりおられないようです。氏がこれを論述された背景には鳥取県との間に何らかの具体的な関わりがあったのか、またこれがその後の鳥取県の政策に直接的間接的に何らかの影響を与えることがあったのか、これも興味深いことですが、どなたかご存知の方がおられましたらご教示いただきたく存じます。
さて、「鳥取県の『公園都市』構想」ですが、氏はその冒頭で「鳥取県のもっている人間的、自然的、歴史的、文化的、経済的特性は二十一世紀への展望をひらくために先鋭的な役割をはたすに相応しい条件を備えているといってよいと思います。とくに、環境問題に焦点を当てて、教育、医療を中心とする社会的共通資本を整備して、安定的な人間関係と定常的な経済を保ちながら、絶えず新しい文化が形成される魅力にあふれた社会をつくり出すことこそ、鳥取県に与えられた二十一世紀の課題であるといってよいでしょう」と述べています。
そしてこの鳥取県の二十一世紀への展望を的確に表現した言葉が「公園都市」だとして、その公園都市の重要な構成要因として構想を具現化するためのプロトタイプ(原型)となる三つの事業を提言しています。
1.中高一貫の全寮制の「農社学校」、2.「リベラル・アーツ」の大学としての「環境大学」、3.長期療養、リハビリテーションの医療機関を中心とした「医療公園」、がそれです。
社会的共通資本としての農の営みを具体化するために、農作物の生産、加工、販売、研究開発活動までひろく含めた総合的な組織として「農社」という概念を新しく提起し、それを基本として自然の中で中高六年間の教育を効果的に行おうとする発想や、地球環境問題を主要な軸として自然・社会・人間の間の相関関係を解明することに焦点をあてた「環境大学」、社会的共通資本としての医療を具現化するための「医療公園」など、今ここでこれ以上触れることはできませんがいずれも示唆に富んだ興味深いものであります。