12月4日(土)12時~13時は、本庁舎、第2庁舎等の電話・FAXがつながりません。詳細は、お知らせをご覧ください。

展示・イベント等

企画展「因幡の中世城館」が始まります!

 企画展「因幡の中世城館 ~鹿野戦国クシナ城~」を12月18日(金)より開催します。

 今回の企画展は、因幡の中世城館の中で当センターが発掘調査を行った狗尸那城(くしな)跡の特集展示です。

 狗尸那城跡と言えば、テレビニュースや番組、新聞などで取り上げられた県内初の御殿的建物(大型礎石建物)が有名で、多くの城館ファンの関心を集めています。

 しかし、狗尸那城跡の魅力はそれだけにとどまりません。いつ造られた城なのか? 城の各所に造られた防御施設はどのように機能したのか? などの疑問を多くの皆様がお持ちであり、これが狗尸那城跡の歴史ロマンをかき立てているものと思います。

 今回の企画展では、狗尸那城がいつ頃機能し、どのように現在の縄張の姿になったのか、また、各防御施設の機能はどのようなものかを現段階で分かっている最新情報を展示します。

 例えば、高さ10mを超える切岸、大規模な竪堀と横堀、各所に置かれている「つぶて石」などなど、この他にも多くの防御機能を駆使した狗尸那城は、攻める側からすれば侮れない城です。

 これに加えて今回企画展では、狗尸那城跡の御殿的建物跡や曲輪、横堀などのドローン動画も同時展示します。

 今年度末には狗尸那城の発掘調査概報を刊行予定ですが、それより先に最新情報を得るにはこの企画展示をご覧ください。

狗尸那城跡平面図:竪堀などの防護施設が随所にあることが分かります。

 

平面図9線の断面図:緩斜面(左側)に堀などの防御施設が配置されています。


企画展示の日程が変更になりました。

西伯耆の中世城館 会期:令和2年10月3日(土)~12月11日(金)

因幡の中世城館  会期:令和2年12月18日(金)~令和3年1月22日(金)

東伯耆の中世城館 会期:令和3年1月29日(金)~2月26日(金)

上記のとおり変更となりましたので、よろしくお願いします。

 チラシ  

企画展「西伯耆の中世城館展」の会期延長のお知らせ

 現在、開催中の企画展「西伯耆の中世城館」は、県東部エリアの皆様が普段見ることがなかなかできない、県西部の中世城館の出土品を展示しておりますが、当方の周知が十分でなく「知らなかった」というご投稿もいただいておりました。

 このため、より多くの皆様に御覧いただきたく、この度、「西伯耆の中世城館」の会期を延長させていただくことにしました。期間中は、11月3日(火・文化の日)、11月7日(土)、21日(土)の午後は特別開館します。

 この機会に是非、企画展「西伯耆の中世城館」をご覧下さい。

 

【延長後の企画展会期】

  現在~令和2年11月30日(予定)まで

県西部の中世城館の出土品


企画展「西伯耆の中世城館展」展示期間あとわずかです

 県内では戦国時代の発掘調査事例は多くありません。また、全国的にみても16世紀後半の山城の発掘調査をしても出土品はあまり出ません。
 今回の企画展で展示している手間要害(てまようがい)からは多くの白磁、青磁、染付等、当時としては高級な焼き物が出土しています。この出土品は、毛利氏の西伯耆支配において、河岡城や尾高城の後詰めの城として手間要害が拠点的な居城であったことを裏付ける貴重な資料でもあります。
 この度の企画展には尾高城と手間要害の両方を展示しています。
 この企画展示期間も残り1週間、特に東部の方にはめったに見ることができないもので、この機会を逃すと次はいつご覧いただけるかわかりません。是非ご覧ください。

 

染付

手間要害出土の染付

 

企画展「西伯耆の中世城館」展示始まりました!

 企画展「西伯耆の中世城館」の展示が始まりました。

 今回は、出雲の尼子氏や安芸の毛利氏が勢力を伸張させ、両者の争いの中で重要となっていた西伯耆の主要な城跡のうち、発掘調査が行われた城跡の出土資料を展示しています。

 今回取り上げたのは、尾高城(米子市)、石井要害(同)、手間要害(南部町)、江美城(江府町)で、中国製の青磁・白磁や国内産陶磁器、素焼きの小皿や茶臼、瓦などを展示しています。出土した中国製の陶磁器は、そうした舶来の器物を入手できた財力を、また、茶臼や天目茶碗は、争いの中にあっても茶を嗜む余裕があったことを示しており、戦国時代の争いの中における武将たちの生活の一端を示しているようです。

 展示は10月30日(金)までで、平日のみの開館ですが(開館時間:午前9時~午後5時)、3日(土)と17日(土)は、午後1時~午後5時の間、特別開館しています。

 今後は、11月に「東伯耆の中世城館」、12月に「因幡の中世城館」を予定しているほか、「鳥取まいぶん講座」も11月、12月に城館シリーズを予定しております。どうぞお楽しみに。

展示風景


企画展「西伯耆の中世城館」の御案内

 先日、鳥取市鹿野町にある狗尸那城の現地説明会を開催しました。一旦中止していた7月の現地説明会にお申し込みいただいていた方に限って御案内したものですが、多くの方に御参加いただき、城跡に対する関心の高さを改めて実感した次第です。

 さて、秋の10月から12月までの3月、鳥取県埋蔵文化財センターは中世城館特集です。まいぶん講座、企画展示でそれぞれ中世城館を扱います。

 10月の企画展示では、「西伯耆の中世城館」を行います。西伯耆は、国人領主に加え、出雲の尼子氏や安芸の毛利氏が勢力を伸張させた地域です。両者の争いの中で文献の中に出てくる城など、西伯耆の拠点となっていた城跡を紹介します。

 今回は、尾高城(米子市)、石井要害(同)、手間要害(南部町)、江美城(江府町)から発掘調査によって出土した陶磁器や土器、石臼などの資料と、縄張り図などを展示する予定です。

 

企画展示「西伯耆の中世城館」

会期:令和2年10月3日(土)~10月30日(金)

開館時間:平日、午前9時~午後5時

10月3日(土)、17日(土)は、午後1時~午後5時の間特別開館

 

 今後は、11月に「東伯耆の中世城館」、12月に「因幡の中世城館」を予定しております。どうぞお楽しみに。


埋文センターの「めいひん」紹介3 縄文時代の石柱

 埋蔵文化財センターで開催中の企画展「埋文センターの『めいひん』」の展示資料の紹介第3弾です。

 8月15日(土)から開催している本企画展も、会期は残すところあと1週間となりました。

 最初に御紹介した坂長第6遺跡の金床石は、重さ約145kgでしたが、今回紹介する殿河内上ノ段大ブケ遺跡出土の石柱も、約85kgと負けてはいません。

 この石柱は縄文時代後期のもので、写真下のように穴に立ててありました。ここは竪穴建物が埋まった場所で、その上面には石が集められていました。

 砲弾型をしたこの石柱の表面は非常に滑らかで、丁寧に磨いたようです。反対側は途中で折れたようになっていますが、その面もかなり滑らかですので、後世に折れたものなどではなく、埋まる直前にはこうした形だったことがわかります。

 近くに石が集められていたこと、丁寧に加工されていることなどから、何らかの祭祀に使われたものと考えられています。想像をたくましくすれば、平らになった上面に供物などをおいた祭壇などとも考えられますが、さて、実際はどうだったのでしょうか。

石柱

石柱の出土状況


埋文センターの「めいひん」紹介2 これも?めいひん

 埋蔵文化財センターで開催中の企画展「埋文センターの『めいひん』」の展示資料の紹介第2弾です。

写真の資料は、鳥取市松原古墳群の調査で出土した、高さ3cmちょっとの磁器製品です。側面に合わせ目があるので、型で作られたと推測できます。

 顔が表現されているので、人物であることは分かります。右手をあげており、額の前にかざしているのでしょうか。頭にはヘルメットのようなかぶり物、服は上下がつながっているようです。背後にはリュックサックのような袋を背負い、その上に「クリコ」という文字が読み取れます。

 さて、皆さんはこれが何か分かりますか?

 実はこれ、「グリコ」のおまけなのです。頭のかぶり物は「飛行帽」、服は上下つなぎの「飛行服」、袋は「背嚢(はいのう)」と考えられ、パイロットを表現したのでしょう。こうした格好から想像されるとおり、昭和10年~15年のものです。お菓子のおまけとして、子どもが手に入れたたものなのでしょうが、山の中で見つかったということは、遊んでいるうちに落としてしまったのかもしれません。

 実は、こうした戦前・戦中の資料は、文献が残っていないことも多いのです。そうした時に、大地に残された「モノ」を研究する考古学が力を発揮します。この資料自体は「迷品」ともいうべきものなのですが、出土した場所の来歴や利用状況を考える上では、無視もできない資料なのです。

グリコのおまけ


埋文センターの「めいひん」紹介1 これぞ!めいひん

 埋蔵文化財センターで開催中の企画展「埋文センターの『めいひん』」。実は、現在鳥取市歴史博物館で開催中の「鳥取県埋蔵文化財センターの名品」との連携展示で、スタンプラリーも実施していますので、ぜひ両方に足をお運びください。

 現在、ホームページ上で、「名品」展の展示資料を紹介していますが、せっかくなので、「めいひん」展からも展示資料をいくつか紹介したいと思います。

 岩美町小畑(こばたけ)古墳群は、平成12・13年に発掘調査を行った古墳時代終わり頃(7世紀)の古墳群です。5基の古墳を調査し、巨大な石を組み合わせた横穴式石室内から、3基の古墳で家形石棺が見つかっています(2基は当センターで展示中)。古墳はいずれも盗掘を受けていましたが、石室内から多くの副葬品が見つかっており、中でも馬具(ばぐ:馬に乗るときにつかう道具類)は、質・数量ともに県内有数の資料です。これらも「名品」なのですが、今回紹介するのは馬具ではなく須恵器です。

 須恵器に限らず、遺物は土に埋まっている間に様々な理由で割れてしまっている場合がほとんどなのですが、この壺は完全な形で見つかりました。しかも、肩の部分に緑色の自然釉が厚くかかっており、一部は下に流れています。窯の中で降り積もった灰が溶けた自然釉ですが、その流れ方、掛かり方は偶然とは思えないほど見事で、あまり考古資料には使わないのですが、「美」を感じさせる逸品です。

 

小畑古墳群出土馬具と須恵器



企画展「埋文センターの『めいひん』」開催中!

 現在、鳥取市歴史博物館(やまびこ館)では、「鳥取県埋蔵文化財センターの名品」を好評開催中です(9月22日まで)。40年近い歴史を重ねる当センターの膨大な収蔵資料の中から、選りすぐりの「名品」を展示しています。
 本企画展「埋文センターの『めいひん』」では、様々な理由で同展示に出展できなかったその他の「名品」や、こんなものも、という「迷品」を展示しています。
 その中でも、坂長第6遺跡(伯耆町)出土の金床石(かなとこいし)は、重量約145kg!側面や上面に鉄がこびりついており、郡衙(ぐんが:郡役所)付属工房での大量の鉄製品作成を彷彿とさせます。一緒に出土した鉄滓(てっさい:製鉄の際の不純物)やふいご羽口(はぐち:炉への送風口に付ける筒状製品)は「名品」展に展示していますが、金床石は、あまりに重いためこれまで展示されていませんでした。
 もちろん、これ以外に「名品」展展示資料にひけを取らない、数々の「めいひん」も展示しています。展示期間は9月25日(金)までです。

〔展示構成〕
1 動かせない!
2 大きすぎる!重すぎる!
3-1 こんなものもあった!
3-2 こんなものも?

展示の様子

もう一つの「めいひん」展示の様子

巨大な金床石

巨大な金床石(左)

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センター紹介

 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
 この歴史豊かな万葉の里の一角に埋蔵文化財センターはあります。


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