所長おすすめのお宝第二弾です。今回は、これまでほとんど目にされたことがなかったものをご紹介します。
写真1は、鳥取市桂見(かつらみ)遺跡から出土した、石製合子(せきせいごうす)の一部S23です。 「石製合子」は、主に古墳時代前期から中期にかけての古墳に副葬されることが多い蓋付きの容器で、全国で60点ほどしか確認されていません。出土の分布は、近畿地方を中心に東は北陸・東海地方、西は山陽地方にかけて出土しています。緑色の碧玉(へきぎょく)や緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)製で手の込んだ装飾が施されるものが多く、ヤマト政権からの下賜(かし※)品の一つではないかと考えられるものです。
この石製合子は1995年県道改良工事に伴う桂見遺跡の発掘調査とそれに先立つ試掘調査で出土したもので、2つに割れており接合はしませんが同一個体と考えられます。鳥取県内では、土製の合子が普段寺(ふだんじ)1号墳(南部町)で出土しているものが知られていますが、石製合子は、現在県内ではこの一例のみしか知られていません。平行葉理(へいこうようり※)が発達し縞模様が目立つ緑色凝灰岩製で、蓋はなく身の部分のみで大きく破損しています。復元される形状は、図1のように底には脚がなく平らで平面がやや角張った楕円形となり、蓋受け部分に突帯、裾部に段をもつものと考えられます。形態的には、古墳時代前期終わりごろのものに類似しています。
この合子は、古墳からではなく奈良時代の造成盛土に伴う石列の中から出土しました。調査時は古墳が壊されて造成されたと考えていましたが、桂見遺跡の調査地周辺にはそれらしい古墳の痕跡がないことや、滋賀県栗東市・辻(つじ)遺跡や石川県小松市・一針(ひとつはり)C遺跡など、集落遺跡からの出土例もあることから、桂見遺跡の石製合子も元々出土地の西側で検出された古墳時代前期の集落域にあり、奈良時代に付近が削られ造成した際にたまたま紛れ込んだ可能性があります。
桂見遺跡の古墳時代集落にいた人物は、ヤマト政権と深い関係があった可能性が考えられます。
※下賜:身分の高い者から低い者へモノを与えること
※平行葉理:堆積層に見られ、砂粒や火山灰などの粒子の単位が薄く水平に堆積している様
写真1 桂見遺跡出土石製合子S23
図1 愛知県春日井市篠木町出土品
(西谷真治1970「古墳時代の盒」『考古学雑誌』第55巻4号から転載)
[令和5年2月掲載]
先日掲載した「埋蔵文化財センター所長おすすめのお宝」の記事を読まれた方から、「せっかくのお宝なので、所長室ではなくみんなが見られる所に展示しては?」との御提案があり、「それでは!!」ということで、玄関ロビーに展示コーナーを開設することにしました。
今後、ホームページで紹介した「所長おすすめのお宝」をこちらに展示していきますので、どうぞお楽しみに。
所長おすすめのお宝
[令和5年2月3日掲載]
所長室には、センター収蔵遺物の中でも、所長おすすめの出土遺物を展示しています。
(写真1)は、笠見(かさみ)第3遺跡の貯蔵穴と考えられる長方形の土坑(どこう)SK65で出土した脚付装飾壺Po854です。この土器は、弥生時代中期後葉(約2000~2100年前)ごろのもので、出土時は横倒しでばらばらの状態でしたが(写真2)、接合すると一部欠損はあるものの、ほぼ完形に復元することができました。
この土器の特徴は、外面全体が赤く塗られていることです。この遺跡では、この場所で産出する酸化鉄を多く含む石を磨り潰して赤色の顔料(ベンガラの可能性)を作っていたことが知られています。この土器の赤色顔料は、この遺跡で精製され、塗布された可能性があります。
また、この土器の外面にはススが付着しています。通常この形の土器は熱を受けるものではないのですが、この土坑から出土したその他の土器も、ススが付着したり熱を受けたりしていますので、どこか別の火災に遭った住居などで使われた土器が、この土坑に捨てられたと考えられます。
(写真3)は、箆津乳母ヶ谷(のつうばがたに)第2遺跡の斜面部に作られた段状遺構SS6で出土した石製玉類です。出土したのは29点で、メノウ製勾玉(まがたま)4、碧玉(へきぎょく)製勾玉1、碧玉製管玉4、緑色凝灰岩製管玉1、碧玉製丸玉4、水晶製丸玉4、ガラス小玉9からなり、このうち、ガラス小玉3点は土壌のフルイ掛けで出土しているため、この展示には加えてはいませんが、出土状況からつながった状態で廃棄された可能性が指摘されており(写真4)、並び方を復元した状態で展示しています。
玉類の大半はほぼ完全な形をとどめているのですが、メノウ製勾玉の1つ(J2)は半分以上折損し、碧玉製管玉(J7)の一部も欠損しています。J7の欠損は玉制作時のものと考えられていますが、J2の破面は、擦り減っていないようなので、折損してから廃棄されるまでそんなに時間はたっていないものと考えられます。
段状遺構SS6は、出土した須恵器類から、飛鳥時代から奈良時代ごろのものと考えられており、これら玉類も同様の時期と考えられます。
(写真1)笠見第3遺跡出土脚付壺Po854
(写真2)笠見第3遺跡SK65遺物出土状況
(写真3)箆津乳母ヶ谷第2遺跡出土石製玉類
(写真4)箆津乳母ヶ谷第2遺跡SS6石製玉類出土状況
[令和5年1月掲載]
令和4年12月23日(金)から、企画展示「鳥取平野の前方後円墳」が始まりました!
当センターもその一角にある鳥取平野には、周辺の丘陵上に50基を超える前方後円墳が築かれていることが知られています。しかし、それらは前方後円墳であることやおおよその規模、まれに採集資料が知られるのみで、墳丘測量図などの詳細情報もないものがほとんどでした。
近年「新鳥取県史編さん事業」に伴い、鳥取平野の大型前方後円墳の航空レーザ測量が行われ、これまでベールに包まれていた前方後円墳の姿が明らかになってきました。さらに、鳥取県農林水産部林政企画課が実施している全県にわたる航空レーザ測量の成果からは、草木に覆われている古墳の姿が明らかになるとともに、新たに前方後円墳と推定される古墳も確認できています。こうした測量成果を検討することで、鳥取平野の古墳研究の進展が期待されます。
今回の企画展示では、古墳の形や規模、推定される時期など、最新の測量成果によって見えてきた鳥取平野の前方後円墳を紹介します。
展示期間は、令和5年2月10日(金)まで、開館は平日9時から17時までです。なお、1,2月の間、恒例の第1、第3土曜日午後の特別開館は中止させていただきますので、あしからず御了解ください。
企画展示入口
展示風景
所長室の空きスペースを使って、平成15年から令和4年度にかけて実施してきた「古代体験メニュー」作品例を陳列しました。こうして並べると、当時の記憶もよみがえり、また体験したい!!という欲求にかられます。
写真1は、皆さんに好評の平成22年以降の「古代まつり」等で実施した、または実施予定であった古代体験27メニューの48作品例です。
これらの体験メニューは、鳥取県の遺跡で出土した遺物や遺跡をもとに埋蔵文化財センターがオリジナルで作成したもので、現在もお楽しみいただけるものとなっております。事前にお知らせいただけますと、体験することができます。
今後も、魅力的な体験メニューを開発していこうと思っています。
ご期待ください!!
写真1 古代体験作品
[令和4年12月掲載]
当センターと岡山理科大学教授白石純氏が平成31年度から令和3年度にかけて行った共同研究『須恵器からみた古代因幡の流通と交通』の報告書が完成しました。古代の因幡(いなば:鳥取県東部)地域の須恵器(すえき)を研究対象として、八頭(やず)町の私都窯跡群(きさいちかまあとぐん)等の生産地から出土した須恵器(7世紀から10世紀頃)と、岩吉(いわよし)遺跡、高住平田(たかずみひらた)遺跡、良田平田(よしだひらた)遺跡、青谷横木(あおやよこぎ)遺跡等の因幡地域を特徴づける消費地遺跡から出土した須恵器の胎土分析を中心に器の形の特徴や、器に使われた粘土の理化学的分析(蛍光X線分析)の両面から研究しています。また、伯耆、出雲、播磨など周辺地域との比較も視野にいれた研究成果もまとめています。準備が整い次第、鳥取県内の図書館等へ発送するとともに、鳥取県埋蔵文化財センターで販売しますので、ぜひご一読ください。
販売についてはこちらを御覧ください→リンク
[令和4年11月掲載]
埋蔵文化財センターにある「古代の森」には、縄文時代や弥生時代に暮らしていた人々が道具の材料や実を食料にしていた樹木が植えてあります。
平成2年に「古代の森」をオープンした頃には、各樹木にネームプレートが掛けてあり、来場された方に樹木の種類が分かるようにしていました。しかし、「古代の森」オープンから30年以上経過した今、ほとんどそのプレートは残っておらず、また、新たに自生した樹木も増えてきていることから、樹木の知識が十分とは言えない考古学専門の職員にとって、来場された方への樹木の解説が難しく、せっかくの「古代の森」が十分に生かされているとは言いがたい状況でした。
そこで、県立博物館の清末幸久さんをお迎えして御指導をいただき、「古代の森」にある樹木について1本ずつ種類を教えていただきました。53本の樹木について、1本1本丁寧に解説いただきながら御教示いただき、25種類もの樹木があることが分かりました。
樹木は、アカメガシワ、イヌブナ、カシワ、クスノキ、クヌギ、ケヤキ、シラカシ、スダジイ、トチノキ、クリなどの広葉樹が主流を占めていました。
クリは実が美味であるのに加え、木材が耐久性や耐水性に優れた硬い木で建築部材に使用されており、トチノキは実に豊富なデンプンやタンパク質を含むことから縄文時代から食料とされ、木材は緻密で加工がしやすく割れにくい特性があることから容器に加工されていました。この2種は、食べてもよしの樹木です。
今後、改めて樹木プレートを制作して、御来場の皆様に樹木について分かりやすく見ていただけるようにする予定です。
樹木1本ずつ、詳しく観察していただきながら御指導いただきました。
[令和4年11月掲載]
先日、コナラのドングリの記事をアップしましたが、季節が進んでコナラも終わり、現在はクヌギのドングリが時期を迎えています。
「古代の森」で一番大きなクヌギの木は復元前方後円墳の横にあり、古墳の周辺や上には大量のドングリが殻斗と一緒に落ちています。
クヌギのドングリは、直径2cmを超える大きくてまん丸な実とモシャモシャの殻斗が特徴です。その大きさからいろいろな工作にもオススメのドングリ、今なら好きなだけ拾い放題です(開館時間内においでください)。
なお、もう少ししたらシラカシのドングリの時期となりますので、どうぞお楽しみに。
クヌギのドングリ
[令和4年11月掲載]
令和4年11月2日(水)から当センター展示室で、須恵器をテーマにした企画展「因幡の須恵器」を開催しています。
当センターでは平成31年度から令和3年度にかけて、因幡地域の古代の遺跡から出土した須恵器を研究対象として、岡山理科大学教授白石純氏との共同研究を行いました。今回の企画展では、その際に研究対象とした、八頭町の私都窯跡群(きさいちかまあとぐん)から出土した須恵器(7世紀から10世紀頃)を中心に展示しています。
器の形の特徴と、器に使われた粘土の理化学的分析(蛍光X線分析)の両面から、伯耆や出雲など周辺地域との比較を行った研究成果の一部を紹介しています。
会期は令和4年12月16日(金)までです。お見逃しなく!
なお、共同研究の成果を多くの方に知っていただく、とっとり考古学フォーラム2022「須恵器からみた古代因幡の流通と交通」を、令和5年3月26日(日)に開催する予定です。詳細が決まりましたら、改めてホームページ等でお知らせしますので、ぜひご参加ください。
展示室入口
企画展示の様子
山ノ上窯跡出土須恵器の展示
令和4年10月も中旬となり、朝晩めっきり涼しく、秋らしい陽気になりました。
「秋」と言えば「実りの秋!」。稲刈りも進んで新米を楽しまれている方も多いと思いますが、古代の人々にとっても秋は収穫の時期でした。
当センターの周囲には、「古代の森」として、古代の人々が利用していたドングリがなる木々が植えられており、毎年秋には多くのドングリがなっています。特に、今年は豊作で、今はコナラのドングリが足の踏み場もないほど落ちています。残念ながら、アクを抜かないと食べられないので、利用するのはなかなか難しいのですが、これほどの収穫があれば、古代の人々も大喜びだったでしょう。
これからさらに、シイやカシ、クヌギといった色々なドングリも採れるようになります。埋蔵文化財センターの開館時間であれば、自由に拾っていただいて構いません。天気のいい秋の日、古代の人々になったつもりでドングリ拾いをしてはいかがでしょうか。
コナラのドングリ
[令和4年10月掲載]