ひゃあ、みぞれぇ~、突風ぅう~!!
椅子が飛び、テントの支柱にしがみついて会場と来場者の安全を守るスタッフのみなさん、駅舎に避難する来場者。
11月28日、100年前に生山駅が開業したまさにその日、記念式典の途中から、ぱらぱらと降ってきた雨は、あっという間に大雨になり…みぞれになり、さらには屋内避難レベルの突風が吹きはじめました。
さっきまで祝辞トップバッターの山里Loadにちなんの中島理事が「駅が100周年を迎えたことを素直におめでとうという気持ちです」と晴れた空の下で挨拶していたのに。
(挨拶する中島理事。まだ晴れていました)
でも、思いがけずたくさんの人で駅舎の中が50年前のようにわいわいがやがやして、駅舎は喜んでいるかもしれませんね(100年前のことはさすがに確認できませんでした。苦笑)。
来場者が、苦笑いしながら「災難だけど、虹でも出そうだな~!」と言っています。「こんな悪天候になったことも、かえってこの日を忘れられなくしてくれる」という声もあります。
今回のセレモニーには、島根県の奥出雲町役場からも来賓として定住産業課長さんがお見えでした。
実は、生山駅は奥出雲町にとっても最寄り駅。この二つの地域のつながりは、古くは、たたら、生山の牛馬市から始まって、現在も日南町多里や阿毘縁の人たちは奥出雲町にしょっちゅう買い物などに行っているという間柄(昔は買った牛を歩いて連れ帰ったそうですよ…(^^♪)。 奥出雲町横田出身の課長さんご自身も学生の頃、大阪に出るときは生山駅からやくもに乗って行かれたそうです。
雨が上がってきました。
でも、まだ完全には止んでいないので、日南町の中村町長はステージ前方の駅前ではなく、後方の駅舎に留まる来場者に祝辞を述べます。なかなかない光景です。笑
「日本の発展とともに鉄道があります。車社会の発展もあるけれど、鉄道ならではの魅力もあります」
続く町議会の山本議長は「町長の神力で晴れ…」と笑いを取ってから、「自身は学区卒業後、鉄道に乗らなくなったが、また乗ってみたい。玄関口として特急の停まる駅であり続けてほしい」と願いを込めてスピーチされました。
最後は、昨年から続く伯備線100周年イヤーで出ずっぱりの和田根雨駅長とともにみんなで「しゅっぱ~つ、しんこう!」。
(手には生山~上石見間のシンボル切符)
薬玉割り、次に100周年を迎える上石見駅への引継ぎ式が終わるころ、後ろにはかごを抱えたスタッフが。
そう、この後は餅まきがあるのです!! これを楽しみに来ていたご近所の方も多いのではないでしょうか。何かを祝うなら、今でもやっぱり、紅白餅。めでたい!
(会場スタッフの服装もジャンパーではなく、法被でした)
餅をまく来賓者の手に餅が渡り、みなさんお近くへ、とアナウンス。
こっちこっち~!と手を伸ばし、笑顔で叫ぶみなさん。とにかく楽しいから不思議です
(当たったらけっこう痛かったぞ)。
餅が降る空はすっかり晴れ、まぶしいほどに。さきほどのみぞれが噓のようです。
その後は先着100名に振舞われる「駅そば」を目当てにみなさん駅舎の休憩所へ。寒かったので、盛況です。記者もバッチリいただきましたが、お世辞抜きにおいしかった。
また、この日、売られていた「太平まんじゅう」は昭和27年の生山大火まで名物として作られていたもの。今回、松江市の「清松庵 たちばな」の協力で復刻販売されたとのことです。ただの白いまんまるなのに、それがなんともおいしそうな上用饅頭。しかも、包み紙に絵を描いているのはビッグネーム、小早川秋聲。
(秋聲のサインがあります) (太平まんじゅうと、まかれた餅です)
昨年行われた根雨・黒坂両駅のセレモニーも鉄道ファン垂涎の記念切符販売や演出の工夫が凝らされていましたが、記者としてはこの餅まきというトラディショナルな祝い方とおいしすぎる駅そばにすっかりやられてしまいました(ちなみに、太平まんじゅうもおいしかったですよ)。
現在の駅舎は木造りの素敵なデザインで、広い休憩所と観光案内所も備えており、抜ける青空、季節で色を変える山に囲まれる駅前の景色も管内一ではないかと思います。
かつてのように周辺4県4郡のハブには容易に戻らないかもしれませんが、この先も4県4郡の人は岡山、大阪、広島へは、やっぱり「やくも」で行き続けるでしょう。そして、伯備線が通り、特急の停まる駅があるから、大阪など都市部からも旅行に訪れやすいのです(都市部にはノーマイカー、ノー免許の人も多いですから、電車がない、特急が止まらない、というだけで容易に旅行先の候補から外れてしまいかねません!)。
環境への配慮、車を運転できない、持たない人たちの移動手段として、鉄道はなくなってはならぬものですね★
日野振興局 2023/12/04