防災・危機管理情報


  

しなやかでゆるぎない

  鳥取県教育委員 若原道昭  
         

 社会変化が急速に進み、しかももはや社会全体が一つの大きな矢印の方向に一斉に動くという時代でもなく、価値観が多元化し方向が異なる多様な矢印が同時に存在し交錯している、将来予測が極めて困難なその中で、成果だけは厳しく要求されるという時代。
このような、一人ひとりが思い思いに自分の矢印をひいて生きていかな
ければならないという時代。

 つまり、各人が自らの創造力によって新たな付加価値を生み出していかなければならない時代にあって、今、そのような人間こそが次の時代を切り拓く原動力として必要なのだと無理にでも人を前進させようと煽り立てる世のムードがある。

 こうして、教育による「人材イノベーション」が期待されればされるほど、学校の先生方は、教育を受ける本人とその家族、教育を受けた人を採用する側である産業界などの二重三重のステークホールダーの様々な教育要求の渦に揉み苦茶にされる。

 そもそも教育は、人に対して「~すべし」「~できるようになるべし」という規範から成り立っていて、どうしても人に対して圧迫的性格をもつものであるのに、その性格を可能な限りゼロに近づけるべきだという主張も他方にあって、一体何が正しいのか、「この教育こそが正しい」という絶対的確信もないままに教育せざるをえないというジレンマを抱え、あるいは「縦の接続・横の連携」とか「社会全体で人を育てる」と言って、小中高大の円滑な教育接続・キャリア接続や、他校・地域・産業界・行政との教育連携など、仕事は教室外へもどんどん拡大していき、その上さらに、「社会の急速な進展の中で、知識・技能の絶えざる刷新のため、学び続ける教師像の確立」が必要だと追い立てられ、際限なく職務遂行能力の向上を迫られ、競争と評価にさらされているように見える。

 お互いに煩悩の身である大人が煩悩の身である子どもを教育するのであるから、教育は矛盾だらけで難しい。実は本当に難しいのは人間の方で、人間が難しいからその人間の教育も難しい。けれども人間が難しいからこそまた人間の教育が必要でもある、とつくづく思う。

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