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日本最初の歴史書「古事記」には、大和朝廷が諸国に鳥を捕らえさせ、これを税として納めるように命じていたという一節があります。そして、当時、鳥取平野には、沼や、沢の多い湿地帯で、水辺に集まる鳥などを捕らえて暮らす狩猟民族が住んでいました。これらの人々が、大和に政権ができてからその支配体系に組み込まれ、「鳥取部」として従属するようになり、そこからこの地の呼び名「鳥取県」が生まれたとされています。これはほんの一例で、鳥取県には、素晴らしい伝統文化や豊かで美しい自然とともに、神話から続く伝説や地元で代々語り継がれる昔話、逸話がたくさん残っています。その地にまつわるお話は、その地の風土、歴史や文化をよりよく知る手掛かりになります。
  

湖山長者

湖山長者 むかし。因幡一円の富と幸せを一身に集めた長者に、湖山長者がいました。長者の所有する田んぼは、千へクタールにも及ぶといいますから、おどろきです。この年も、近くの老若男女をかき集めて田植えをしました。大動員です。

 ひるすぎ、親ザルが子ザルを逆さまに背負って、あぜ道でたわむれ始めました。田植えの手を休め、ひとびとは大笑い。このハプニングのため、作業は遅れてしまい、気がつくと、太陽が西に沈もうとしているではありませんか。

 例年、長者の田植えは一日で終えるきまりがありました。長者は金の扇を取り出すと、高殿にあがり、太陽を三度招きました。「太陽よ、もどれ!」すると、いまにも沈み切ろうとしていた太陽が、あともどりし始めたのです。ひるのように明るくなりました。田植えは、無事に終わりました。

 あくる日。自慢の田んぼを見ようと高殿にあがった長者は、びっくりしました。きのう植えたはずの早苗は消え失せ、青々とした水がさざ波を打っていたのです。それがいまの、湖山池です。

 

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