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目次

鳥取市佐治町の板笠について

はじめに

 県史編さん室では、昨年度、鳥取市佐治歴史民俗資料館所蔵の山村生産用具を中心とする民具の調査を実施しました。そして今年度もその山村生産用具の中で、板笠(いたがさ)製作用具に重点を置いて調査を継続しています。

佐治の板笠とは

 皆さんは、板笠と聞いてどんなものを想像されるでしょうか。木の板で作られた硬くて重く、直線的な形状を想像される方が多いと思います。しかし、佐治の板笠は、実際には編み込みをされた丸みがある六角形をしており、木製であるため大変丈夫でありながら、しなやかで、軽いものです。一般的な菅笠(すげがさ)のように竹などの骨組みはありません。

佐治の板笠の写真
佐治の板笠(鳥取市佐治歴史民俗資料館所蔵)

 なぜ板笠と呼ぶかについて、詳細は不明ですが、材料のウリノキ、トウカエデなど(注1)の原木を割り、それを木目に沿って薄く剥いだ「笠木」と呼ばれる厚さ0.2ミリ、幅5ミリの木の薄板状にしたものを使うことから、板笠と表現をしているのかもしれません。

笠木の原木の写真
笠木の原木(現地名:ウリカエデ)
いろいろな笠の図
様々な笠。1菅笠、2竹皮笠、3編笠、4網代笠、5三度笠。
岩井宏實他『絵引民具辞典』(2008年、115頁)より引用。

 このように木を薄く剥いだもの、または削ったものを編み込み骨組み無しで笠にする事例は、必ずしも珍しいものではありません。有名なものでは長野県の木曽や、岐阜県の飛騨のヒノキ笠があります。現在も生産が行われており、観光のお土産品や、四国のお遍路さん用などに出荷されています。この原材料は名のとおりヒノキで、それを幅5~6ミリに薄く削ったヒデ(経木)を編み込んでつくる物です。

 また佐治の板笠に類似した笠では、鳥取県に隣接した兵庫県宍粟市波賀町道谷の道谷笠があり、これも佐治の板笠と同様にウリノキ(学術名ウリハダカエデ)を細く削いで編み込む笠です。

道谷笠の写真
道谷笠(兵庫県宍粟市波賀町)

板笠の特徴

 佐治の板笠の特徴は次のような点があげられます。

 まず一つ目がその形状です。菅笠、ヒノキ笠、材料や板笠に製作法が類似した道谷笠も丸いものですが、佐治の板笠は縁の加工に工夫を加えて六角形となっています。円形でなく、六角形となった理由は、加工上の理由か、機能的な理由かはわかりませんが、円形とはまた違った美しさがあります。

 二つ目が、信仰的な要素を持つことです。板笠の頭と呼ばれる部分には中心から3方向に向けて桜の皮が4本ずつ編み込まれます。これは装飾の意味もあるでしょうが、雷除けのまじないといいます。山仕事によく使われた板笠の使用者にとって、山中での雷雨は恐ろしいものであったはずで、そうした願いが笠に込められたのでしょう。

 三つ目が、その丈夫さです。菅笠は軽くて重宝しますが、菅はそれほど丈夫ではなく、山仕事には向きません。ヒノキ笠は木で作られており、菅笠よりかなり丈夫で、10年以上は使えるといいます。しかし佐治の板笠はそのヒノキ笠を凌ぐ丈夫さで、山仕事や畑仕事で一休みするとき、座布団のように下に敷いて座って使ったというほどです。この丈夫さは、しなやかな天然木の繊維をそれに沿って剥ぎそのまま使用しているからですが、他の笠と異なり縁を六角形にして平坦にしていることとも関係がありそうです。

おわりに

 この板笠は、かつては原木を取ってくる人と、笠を編む人はある程度分業していました。現在は笠を編むことができる人は、数人いますが、笠木を見つけて採ることができる人がほとんどいないそうです。そうした中、とりあえずは製作技術の記録化のために、板笠製作の過程で使用される道具の内、未収蔵の道具の収集作業を進めています。

 これまでに、コレクションに不足していた原木の運搬具の「負いか(おいか)」や「背あて」、原木の枝打ちなどに使用した「鉈(なた)」、笠の頭につける桜皮の加工や、編み上げの最後に端を切り揃える「笠包丁」については、地元の方の御好意で寄贈いただくことができました。

 現在、求めているのは、原木を採集するときに使用する「鋸(のこぎり)」、原木を割り、薄く剥いで加工し笠木を作るとき使用する「木槌(きづち)」、「楔(くさび)」、「割包丁」などです。

 これからの活動でコレクションが完成すると共に、ヒノキ笠にも負けない美しさと機能性を持つ佐治の板笠の製作技術継承にも寄与できればと思っています。

(注1)ウリカエデ、トウカエデというのは現地名の呼び方で、学術名では何に当たるか調査中。現地名ウリカエデは学術名でもウリカエデに相当すると考えていますが、現地名トウカエデは、学術名トウカエデとはまったく別種類で、トウカエデに近い種類の学術名ウリハダカエデではないかと予測しています。

(樫村賢二)

室長コラム(その31):江戸時代の結婚と養子縁組

 以前にもこのコラムで紹介したが、東伯郡琴浦町箆津(のつ)の河本家は、代々この地域の大庄屋を務めた旧家で、現在残る母屋は貞享5(1688)年に建築され、県保護文化財に指定されている。河本家には、江戸時代の大量の古文書が残され、現在地元のボランティアの方々と調査を進めており、毎年春秋の住宅の一般公開の時期に、調査の成果をお話しさせていただいている。この春は、5月4日に「大庄屋の仕事」と題して講演させていただいた。

 今回の講演で取り上げた史料は、文政7(1824)年の『八橋郡御断帳(やばせごおりおことわりちょう)』という史料。当時の当主河本長兵衛が、管轄する郡内の人の移動などの諸届を1年分まとめて藩の御郡奉行石黒只三郎に提出したものだ。演題は「大庄屋の仕事」としたが、実はこの史料は、大庄屋としてではなく、宗門改め等を担当する宗旨庄屋としての河本家が作成したものだ。

 届け出た「人の移動」は、婚姻、養子・養女、引越し、出奔等で、河本長兵衛の構(かまえ)である八橋郡西構(旧赤碕町と旧中山町東半分)に関する89件の届が記されている。

 届の中で最も多いのは婚姻に関するもので、全部で47件あるが、内4件は、同じ結婚について、嫁を迎える側と送り出す側からそれぞれ届け出たもので、実際には44件となる。44件の婚姻は、表記上は、すべて妻として女性が移動するもので、婿養子の事例はみえない。また、近隣の村との間での婚姻が多く、遠いところでは、倉吉の町や、大山領の村との婚姻が見られるが、現在の鳥取県域を越えての結婚はない。この史料が全ての婚姻を届けているかどうか、実は若干疑問がある。例えば、史料中には、同じ村の中での婚姻の事例が見えず、藩への届け出が不要だった婚姻もあったのかもしれない。また、わずか1年間だけの事例で判断するのは早計かもしれないが、それでも婚姻が比較的近い村同士の間で行われていたことなどは、当時の婚姻の実態と見て間違いなかろう。

 婚姻に次いで多いのが、養子・養女で、24件が見える。内訳は、いわゆる夫婦養子1件、男女2名を同時に養子・養女としているもの1件、男の養子が16件、養女が6件である。婚姻数の半分くらいの養子・養女縁組が行われていることは注目される。現在、養子・養女の縁組がどの程度あるのか、詳しく調べたわけではないが、これほど高い比率であるとは思えないので、養子・養女縁組の多さが、江戸時代社会の特色と言えるのだろう。

 おそらく江戸時代の人々にとっては、「家」の存続が最大の関心事であり、適当な後継者がいなければ、養子・養女を迎えることはごく自然な流れだったのだろう。養子・養女は、一軒の家としては過剰な人員を、不足する家に移動させることによって、それぞれの「家」を適切な規模に調整し、「家」の再生産を可能にし、それによって地域社会の安定にもつながる「合理的」なシステムだったのだろう。

 もちろん、「家」には抑圧的な面はあった。しかし、過疎化による限界集落の問題、あるいはワーキング・プアや新たな貧困の問題を考えると、その背景として、「家」あるいは「家族」が以前とは大きく変化し、安定的に存続することが困難になっている状況がある。江戸時代の「家」は、ある意味では、ひとつのセイフティネットとしての機能をもっていたのではないか、というのが、今回の史料を読んで強く抱いた感想だった。

(県史編さん室長 坂本敬司)

活動日誌:2009(平成21)年5月

1日
第1回県史編さん専門部会(古代中世)開催。
2日
県史編さん協力員(古文書解読)東部地区月例会(県立博物館、坂本)。
3日
県史編さん協力員(古文書解読)中・西部地区月例会(倉吉市・米子市、坂本)。
9日
第1回県史編さん専門部会(近代)開催。
12日
史料調査(~13日、倉吉市定光寺、坂本)。
14日
民具資料調査(米子市山陰歴史館、樫村)。
18日
史料調査(県立博物館、坂本)。
19日
第1回県史編さん専門部会(近世)開催。
21日
民具資料調査(鳥取市佐治歴史民俗資料館、樫村)。
24日
県史巡回講座(米子コンベンションセンター)。
28日
第1回県史編さん専門部会(現代)開催。
29日
第1回県史編さん専門部会(民俗)開催。
30日
県史巡回講座(県立図書館)。
31日
県史巡回講座(倉吉交流プラザ)。

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編集後記

 5月に新鳥取県史巡回講座「明治時代の消費生活」を県内3か所で実施しました。多数の参加いただきありがとうございました。12月には同じ近代をテーマとするシンポジウムの開催を予定しておりますので、ぜひ御参加ください。

(樫村)

  

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