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オーラルヒストリーの現場から

 来る平成20年9月6日(土)、新鳥取県史シンポジウム「歴史の語りと聞き取り~オーラルヒストリーの可能性~」を開催します。本シンポジウムは、県史編さん事業の一環として毎年開催しているもので、3年目となる今年は近現代史の研究手法である「オーラルヒストリー」(聞き取り、聞き書き)についてとりあげます。

オーラルヒストリーの可能性

 基調講演で講師を務める中村政則氏は、「オーラルヒストリー」について「個人からその戦場体験、生活体験などを聞き、文字資料からでは知ることのできない体験の個別性、歴史の細部(ディテール)を記録に残す作業である」と定義しました。そして、文字資料と口述資料をどう組み合わせて利用するか、話し手の間違い・記憶違いをどう扱うか、事実の確認の仕方など、歴史の手法としてのオーラルヒストリーの強さと弱さを踏まえることにより、「個人史から全体史を再構築する」オーラルヒストリーの狙いが達成できると述べています。

 ところで、現代部会ではブックレット「鳥取県民の満洲移住」の執筆に向けて、県内の満蒙開拓団・満蒙開拓青少年義勇軍についての調査を精力的に行っています。調査の様子はこれまでも「県史だより」で紹介してきましたが(第11回「“理想”の村を求めて」第24回「中国吉林省の満蒙開拓団移住地を訪問」)、戦後の着の身着のままで帰国した人々が満洲から持ち帰った資料はほとんどありません。体験者に直接話をうかがうオーラルヒストリーは、満洲移民の歴史調査にとって不可欠な手法です。これまで20名以上の方の聞き取りを行いました。以下、満蒙開拓義勇軍を例に聞き取りの実例を、準備・実践・まとめの段階ごとに紹介します。

聞き取りの準備

 準備の第1歩は話者の確保から始まります。本県の場合、県立公文書館所蔵『義勇軍実態調査書』で参加者の把握が可能ですが、お亡くなりになっている方も多く、どの方にお話しを聞けるか分かりません。そこで、年次ごとに結成された拓友会の機関誌から中心人物を捜し連絡をとります。昭和16年送出第4次義勇軍(森本中隊)の場合、4月に開催された拓友会総会に出席させていただき、調査の趣旨を伝え協力を仰ぎました。以来6名の方の聞き取りを実施しました。

 また、18年度に募集した「戦争体験手記」(『手記編』として本年度中に刊行予定)に原稿を寄せられた方々、満洲移民に関する記事を地元紙に投稿された出された方などにも連絡をとりました。一旦訪問すると、同じ義勇軍に参加された友人を紹介されることも少なくありませんし、同じ村から参加した先輩・後輩で今もご健在の方を紹介いただくこともあります。

 事前にお送りする依頼状には、今回の調査の趣旨を記載し訪問の了解をとります。複数の話者に共通してお聞きする事項はここで目を通しておいてもらいます。また、義勇軍の編成年度、内原入所・渡満・訓練所の開所・開拓団への移行の各時期、幹部氏名、引揚時の行動などを『義勇軍実態調査書』で確認しておきます。

『開拓団実態調査書』および『義勇軍実態調査書』の表紙の写真
(写真左)『開拓団実態調査書』 (写真右)『義勇軍実態調査書』

※開拓団・義勇軍参加者の聞き取りをもとに作成された実態調査書(県立公文書館所蔵)。

聞き取りの実践

 通例、聞き取りは午後1時頃から2~3時間程度、話者の自宅を訪問して行います。普段と変わらない気持ちでお話しいただくためと、関連する資料がその場で拝見できるからです。「何も持っていないから」と言われる方のお宅から「そういえばこんなものが」と持ち出される場合もあります。

 訪問は1人の場合もありますし、部会委員と2名でうかがう場合もあります。1名だと相手は1対1の安心感がありますが、こちらは質問と記録を同時に行わなくてはならず、聞き漏らしもありますから、あとで再訪したり聞き書きに目を通してもらったりすることが必須です。何度も訪問できないような相手のときはなるべく2名がいいと思います。世代や性別が異なる者同士だと、受け止め方が異なるため、話の幅が広がることがあります。

 記録は、相手の了解をとったうえで録音し、またノートに要点を書き留めます。キーワードの単語だけでなく、それがどうしたという述語まで含めて記録するようにすると、後で思い返すときに楽です。

 質問は、最初に生年月日、家族構成、家庭環境、学歴など生い立ちからはじめ、次に義勇軍への参加動機、親の意向、先生の勧誘状況、同級生の参加人数、壮行会のことをお聞きし、中隊・小隊名、内原訓練所の訓練の模様、郷土訪問の思い出、渡満ルート、現地訓練所の訓練・食事・トラブルへと続き、入植開拓団名、宿舎、農地、栽培作物、終戦時の行動、越冬、引き揚げの様子まで、順番に聞いていきます。話が前後するときは遮ることなくそのまま存分に話してもらい、一段落したところで後戻りしてお聞きします。

中国の開拓団入植地で聞き取りをしている様子の写真

昭和15年送出第10次徳勝鳥取開拓団の入植地で、地元中国人男性から聞き取りをしている様子(平成20年3月、吉林省磐石市朝暘山鎮徳勝溝)。

聞き取りのまとめ

 記録をもとに聞き書きを作成します。最初にノートを見ながら大まかな記録を作成し、次に録音を通して聴いて、文章を補足します。この時点で、重要事項や微妙なニュアンスを伝える箇所は、発言そのものを「(かっこ)」で挿入します。最初から録音だけで聞き書きを作ろうとすると、時間ばかりかかってなかなか進みませんでした。聞き取りの後、なるべく日をおかずに聞き書きを作成したほうがよいのは言うまでもありません。

 思い違いや記憶違いなど、話者の発言が事実と異なっていることに気づくことがあります。拓友会誌には同じ隊員の手記が掲載されていることも多く、それと照らしあわせて確認します。誤った発言自体を聞き書きから落とすのではなく、聞き手の「注」として調べた結果を書き込んでおきます。

 こうして作成した聞き書きは、話者に送付してさらに誤りを訂正してもらいます。聞き取り時に言われなかったことが追加されたり、逆に削除を求められたりする場合がありますが、なるべく当時の発言を尊重したいとお話しします。以上のような作業を通じて一人のオーラルヒストリーが完成します。

聞き取りの要点

 同じ年次の義勇軍の体験であっても、参加者により家庭環境や志望動機、農業への意欲、満洲の感想などは異なり、まさに「体験の個別性、歴史の細部」の記録が集まります。そうした聞き取りを数多く集めることで、鳥取県民の満洲移住の実態が浮き彫りになります。調査の要点として、鳥取県の義勇軍が全国一の送出率(人口比)を示した理由はどこにあるか、旧満洲において開拓団は現地住民とどのように関わったのかの2点を追求しています。そのためにも、さらなるオーラルヒストリーの実践を積み重ねていきます。

(参考文献) 中村政則『昭和の記憶を掘り起こす』(小学館,2008年)。

(西村芳将)

活動日誌:2008(平成20)年7月

1日
原始古代部会関係者会議。
民俗調査(岩美町蒲生・田後、樫村)。
2日
第1回県史編さん専門部会(現代)開催。
3日
民具調査(鳥取市佐治歴史民俗資料館、樫村)。
4日
第1回県史編さん専門部会(中世)開催。
5日
県史編さん協力員(古文書解読)東部地区月例会(県立博物館、坂本)。
6日
県史編さん協力員(古文書解読)中・西部地区月例会(倉吉市・米子市、坂本)。
10日
出前講座(県立鳥取緑風高校、岡村)。
13日
若桜鬼ヶ城跡国史跡指定記念講演会(若桜町、岡村)。
15日
中世史料調査(~18日、福山市・広島市・東広島市・安芸高田市、岡村)。
民俗調査(岩美町蒲生・田後、樫村)。
16日
第1回県史編さん専門部会(近代)開催。
17日
満蒙開拓青少年義勇軍資料調査(鳥取市国府町、西村)。
民俗調査(鳥取市気高町酒津、樫村)。
18日
民俗調査(兵庫県新温泉町、樫村)。
22日
民俗調査(岩美町蒲生・田後、樫村)。
24日
民具調査(鳥取市佐治歴史民俗資料館、樫村)。
25日
第2回県史編さん専門部会長会議。
31日
中世史料調査(琴浦町大元神社、岡村)。

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編集後記

 記事中にもあるように、間もなく、新鳥取県史シンポジウム「歴史の語りと聞き取り~オーラルヒストリーの可能性~」を倉吉市(倉吉未来中心)で開催します。

 歴史学の第一線で長年活躍される中村政則先生の基調講演に加え、パネルディスカッションでは県内で実践されてきたオーラルヒストリー研究の「現場」の様子も紹介されますので、非常に興味深い内容になるものと思います。皆様のご参加をお待ち申し上げます。

(大川)

  

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