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目次

鳥取と韓国の民俗行事の比較(その1)小正月の火祭り

調査目的と経緯

 新鳥取県史編さん事業の民俗部会では、テーマの一つとして「鳥取と朝鮮半島の民俗比較」を掲げています。その一環として鳥取県の綱引き行事との比較が可能である韓国全羅北道の旧正月の綱引き行事を対象に選定し、現地調査を行いました。

 調査を実施したところ、韓国で綱引きとともに行われる火祭りが鳥取ではトンドと呼ばれる火祭りにとても似ていることを再認識しましたので、今回はこの火祭りについて紹介します。

調査地の位置

 調査を実施した井邑市(ジョンウプシ:정읍시)は、韓国の南西部に位置します。人口は約12万4千人(2009年)で人口約15万人(2014年)の鳥取県米子市よりすこし少ない状況です。また井邑市は韓国の大都市全州(チョンジュ)と光州(カンジュ)の中間地点にあり、湖南西海岸地方をむすぶ交通の要地とされます。主要な産業は、韓国の中では比較的温暖で肥沃な土地を利用した農業ですが、自動車部品など機械産業の育成にも力を入れているようです。

井邑市の位置
図1 井邑市の位置

 その井邑市内中心部にある井邑駅から25キロメートルほど東北に、調査を行った山外面(サンウェミョン:산외면)貞良里(ジョンニャンニ:정량리)元貞村(ウォンジョンマウル:원정마을)(注1)があります。貞良里は2004年には80世帯、180人でしたが、離農と若者の都市への流失で、減少が続いているそうです。貞良里を調査対象とした理由は、綱を蛇に見立て、綱引き終了後に神木に綱を巻き付けるなど鳥取の綱引き行事と類似しており、また、近年衰退気味である韓国の民俗行事の中で、この貞良里は熱心に継承の努力をしているという情報があったためです。当初、綱引き調査に注目した調査でしたが、同時に火祭りを調査したところ、驚くほど日本のものに類似していました。

貞良里元貞村における行事の位置
図2 貞良里元貞村における行事の位置

祭りの概要

 貞良里元貞村では、この祭り全体を堂山(注2)祭(ダンサンチェ:당산제)と呼び、旧正月15日から16日に行います。この旧暦小正月は満月となり気運が満ちあふれる日であり、家内に神が往来する日といいます(注3)

 元貞村の入口には樹齢450年のケヤキであるハラモニ(おばあさんの意)堂山とハラボジ(おじいさんの意)堂山があります。この堂山神は本来、天龍であったが昇天せず大蛇と化して元貞村の守護神になり、村を繁栄させたといいます。そのため毎年、天龍の気を高めるとともに、地域の和合のために堂山祭を行っているといいます(注4) 。この堂山祭の一部分として火祭り「タルチプテウキ(달집태우기)」が行われます。

ハラモニ(おばあさん)堂山の写真
写真1 ハラモニ(おばあさん)堂山
ハラボジ(おじいさん)堂山の写真
写真2 ハラボジ(おじいさん)堂山

堂山祭の準備と火祭り(タルチプテウキ)

 2014年の旧暦正月16日は、2月15日であり、以下の日程を調査しました。

  • 2月14日(金):祭の準備(供物調理・綱綯い等)・火祭り(タルチプテウキ)
  • 2月15日(土):綱引き・ジンサンキ・堂山祭

     14日、女性たちは早朝から供物や参加する人々の食事の準備をします。この時、調理するのは豚肉だけでも2頭分になります。

    豚肉を調理する女性の写真
    写真3 豚肉を調理する女性の様子

     男性たちは、午前10時頃からからタルチプ(注5)作りをはじめます。会場となる伝統会館前の広場にタルチプの基礎となる雑木が集められ、また円錐状のタルチプを構成する竹が切り出されます。お昼過ぎにはこのタルチプが完成し、このタルチプや堂山には注連縄が巻かれます。またその注連縄には住民の願いが記された短冊、紙幣が刺し込まれます。紙幣は村の保存会の方が回収し奉加帳に寄付者の氏名が記されます。そして完成したタルチプと堂山には農楽(注6)が奉納されます。

    タルチプの基礎となる雑木を立てる様子の写真
    写真4 タルチプの基礎となる雑木を立てる様子
    切り出した竹をトラクターで運ぶ様子の写真
    写真5 切り出した竹をトラクターで運ぶ様子
    タルチプがほぼ完成した様子の写真
    写真6 タルチプがほぼ完成した様子
    ルチプの注連縄に差し込まれた願いが記された短冊と紙幣の写真
    写真7 タルチプの注連縄に差し込まれた願いが記された短冊と紙幣
    紙幣を回収し、奉加帳に記録する様子の写真
    写真8 紙幣を回収し、奉加帳に記録する様子

     日が暮れ、満月に照らされるようになる頃、火祭りであるタルチプテウキが行われます。農楽隊がタルチプの回りを3回まわり、その後、タルチプに点火されます。さまざまな願いを記した短冊とともに燃え上がるタルチプの回りで農楽が行われ続け、タルチプが燃えつきると、タルチプテウキは終了します。

    貞良里における小正月の満月の様子の写真
    写真9 貞良里における小正月の満月の様子
    タルチプの回りで農楽が行われる様子の写真
    写真10 タルチプの回りで農楽が行われる様子
    燃えるタルチプと農楽隊の様子の写真
    写真11 燃えるタルチプと農楽隊の様子

    鳥取県内とトンドとタルチプ

     小正月の火祭りである鳥取県のトンド焼きと韓国のタルチプテウキを比較すると形状、そして材料として竹、松、藁が使用されること、主に夜間に燃やされること、無病息災・家内安全・地域の安泰を祈願することが共通しています。

    貞良里のタルチプに蓑組巻く様子の写真
    写真12 貞良里のタルチプに蓑組を巻く様子
    鳥取市気高町酒ノ津のトンドウの写真
    写真13 蓑組が美しく巻かれ円錐状になった鳥取市気高町酒ノ津のトンドウ
    韓国京畿道高陽市一山のタルチプの写真
    写真14 韓国京畿道高陽市一山のタルチプ。材料は松のようである。(朴銓烈氏撮影)
    三軒屋のトンドの写真
    写真15 竹を中心柱として下部を松でつくる鳥取県境港市三軒屋のトンド

      まず鳥取市気高町酒ノ津と貞良里では、藁で作られた鳥取でいう「蓑組(みのぐみ)」が巻かれる点が共通します。酒ノ津と韓国高陽市一山のものは、円錐状に形態が共通します。また境港市三軒屋と比較すると、長い竹を中心にする点が貞良里、松を利用する点は高陽市一山と共通しています。

      異なる言語を持ち、海そして国境で隔てられているとはいえ、これらの類似点はやはり隣り合わせた場所で同じ農耕文化を中心として暮らしてきた人々であると認識させられます。

     しかし鳥取のトンド焼きをはじめ日本の火祭りは、今日では旧暦の小正月に行うことは極めてまれになっています。祝日である成人の日が1999(平成11)年まで新暦1月15日であったときは15日という伝統的日付がまだ固定されていました。しかしハッピーマンデー制度導入によって2000(平成12)年から1月第2月曜日となり、その日にトンドのような小正月行事を行うことが多くなってきています。週末・休日の開催となりサラリーマン家庭や子どもの参加については有利になりましたが、本来、満月の日に行われるべき行事が、単なる休日に行われる状態になっています。

     一方韓国では、お正月や行事については頑なに旧暦で行われています。今回の堂山祭、そしてタルチプテウキもそうでしたが、日が暮れ満月に照らされる中での行事は、農耕儀礼らしさを感じさせました。

    まとめとして

     トンド(トンドウ)とタルチプは共通点がある一方、旧暦の取扱いなど、何を優先するか、重視するかについては日本人と韓国人の文化の違いを改めて感じました。相違点については今後より深くまとめてみたいと思います。

      また貞良里の堂山祭について今回は前半の火祭りのみの紹介です。次回は堂山祭後半の綱引き行事を中心に報告したいと思います。


    (注1)面は郡や市の下部に置かれる行政区分。その下に里が置かれる。

    (注2)堂山とは村を守ってくれる神霊が宿る大木であることが多い。

    (注3)朴順浩「井邑市山外面貞良里元貞村堂山祭」『2005年韓国の村信仰現状調査報告書』(2007年、国立民俗博物館:韓国、361頁)*原文韓国語

    (注4)(注3)に同じ。

    (注5)タルチプとは「月の家」の意味で、日本において左義長、どんとやき、とんど等と呼ばれる行事とほぼ同様なもの。満月になる旧暦小正月に関連した名称と思われる.

    (注6)文字通り韓国の農民・農村の音楽。村祭等の農耕儀礼の際に演奏される労働と儀礼の舞楽である。


    (参考文献)朴順浩「井邑市山外面貞良里堂山祭」『全羅文化研究』第17集(2006年、全北郷土文化研究会)*原文韓国語

    (樫村賢二)

  • 活動日誌:2014(平成26)年4月

    2日
    巡回講座に関する協議(鳥取民話サークル連合会事務局、樫村)。
    3日
    資料編執筆にかかる協議(鳥取市埋蔵文化財センター、湯村)。
    5日
    県史編さん協力員(古文書解読)東部地区月例会(鳥取県立博物館、渡邉)。
    6日
    県史編さん協力員(古文書解読)中・西部地区月例会(倉吉市・米子市、渡邉)。
    8日
    資料編交渉(鳥取市埋蔵文化財センター気高調査事務所、湯村)。
    9日
    資料編執筆にかかる協議(青谷上寺地遺跡展示室、湯村)。
    10日
    資料調査(北栄町歴史民俗資料館亀谷収蔵庫、湯村・樫村)。
    ブックレット写真撮影(岩美・若桜、前田)。
    11日
    資料調査に係る協議(鳥取県立博物館、湯村)。
    15日
    ブックレット執筆の協議(鳥取大学、湯村)。
    17日
    民具調査(北栄町歴史民俗資料館亀谷収蔵庫、樫村)。
    18日
    古墳測量の協議及び現地確認(福本大塚古墳現地(八頭町)、湯村)。
    19日
    資料調査(日野町、前田)。
    22日
    資料調査(鳥取県立博物館、湯村)。
    民俗編に係わる協議(八頭町下野、樫村)。
    24日
    史料調査(鳥取市歴史博物館、岡村)。
    民具調査(北栄町歴史民俗資料館亀谷収蔵庫、樫村)。

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    編集後記

      今回は韓国の民俗調査の記事です。調査地の貞良里の方々にはあたたかく対応いただき、またさまざまご協力いただき順調に調査を行うことができました。この場にて御礼申し上げます。またお世話になってきた韓国では、4月16日にフェリーが転覆し、将来ある高校生をはじめ多くの人命が失われる事故が起こりました。心よりお悔やみ申し上げます。

    (樫村)

      

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