はじめに
鳥取県中~西部に位置する伯耆国は、古代より鉄の生産や加工が盛んな地域でした。平安時代には、名工と呼ばれる伯耆安綱やその一門によって優れた日本刀が生み出され、このうち「童子切安綱(どうじぎりやすつな)」で知られる太刀は国宝に指定されています。また、今年1月には奈良県春日大社が所蔵する太刀が伯耆国で作られた「古伯耆物」であったことも判明し、春日大社と鳥取県の間で顕彰に向けた取り組みも進められています。
近世~近代には日野郡や東伯郡の山間地域を中心に、大規模な鉄穴(かんな)流しやたたら製鉄が行われ、伯耆地方の産業や経済を支えていました。県内中~西部には、製鉄や鍛冶に関係する遺構や地名・伝承が今なお多く残されています。
このように、歴史的にみて、伯耆国は鉄との関わりが深い地域であるといえます。今回は「鉄」をキーワードに古代中世の伯耆国の歴史を繙(ひもと)いてみたいと思います。
文献資料にみる伯耆国と鉄
はじめに、文献資料をもとに古代中世の伯耆国と鉄の関わりについてみてきたいと思います。
(1)古代の記録にみえる鉄
10世紀前半に編さんされた『延喜式』には、伯耆国に課せられた租税(調・庸)の中に絹や綿と並んで鉄・鍬がみえます。このうち、鍬については、山陰道の中で伯耆国のみに賦課されていました。永承2年(1047)の『造興福寺記』にも、鍬の「産国」として備前等とともに伯耆の名がみえ「各十五口」と記されています(注1)。このことから10~11世紀の伯耆国内で鉄鍬が製造され、中央政府等に納められていたことがわかります(注2)
また、10世紀の中央政府の記録である『別聚符宣抄(べっしゅうふせんしょう)』には、毎年諸国から太政官(だじょうかん)に進上される物資(雑物・ぞうもつ)が列記されています(表1)。これによると伯耆・備中・備後3国の雑物として鉄がみえます。その荷量をみると、備中国が290廷、備後国が250廷であるのに対し、伯耆国は606廷とあり(注3)、2倍以上の荷量が課せられています。このことから、当時の伯耆国が全国的にみても多くの鉄を産出していたことがわかります。
国名 |
品名 |
但馬 |
絹、海藻 |
因幡 |
鮨年魚、雑魚、絹 |
伯耆 |
鉄 |
出雲 |
海藻、鍬 |
石見 |
綿 |
播磨 |
米、油、上紙 |
美作 |
絹、油 |
備前 |
米、油 |
備中 |
米、鍬、鉄、油 |
備後 |
米、油、鍬、鉄 |
安芸 |
油、絹、米 |
周防 |
白米 |
長門 |
綿、米 |
表1:『別聚符宣抄』にみえる諸国の地子雑物
(2)東寺へ進上された鉄
伯耆国の鉄は有力寺社にも納められていました。平安時代は国雑掌(くにざっしょう)と呼ばれる下級役人が都に在住し、諸国からの貢進物に関する事務を扱っていました。
延久5年(1073)の伯耆国雑掌秦成安の解文(げぶみ)によれば(注4)、京都の東寺が伯耆国から収得できる封禄(ほうろく)として絹・綿・油・穀物等がありました。しかし実際は、その代物として銭や布やその国の特産物等が納められていました。伯耆国の場合、代物として「鹿毛父馬」「鉄」がみえます。このことから、当時の伯耆国の特産物として馬や鉄があり、それらが封禄の代わりに京都に運ばれて東寺へ納められていたことがわかります。
ところで、延久5年当時の鉄の荷量は940廷でした。しかし15年後の寛治1~2年(1087~88)には2,200廷の鉄が東寺に納められています。さらに康和6年(1104)の秦成安の送進状(写真)によれば康和3~5年(1101~03)の3年分の代鉄として5,460廷が進上されています(注5)。このように伯耆国から東寺に進上される鉄の量は年々増加しており、米1石あたりに換算した鉄の荷量も多くなっていることがわかります(表2)。これらのことからも、平安末期の伯耆国において鉄が重要な産物として位置づけられていることが窺えます。
和暦 |
西暦 |
米(准米) |
鉄 |
比率(米:鉄) |
出典 |
延久3年 |
1071 |
40石 |
200廷 |
1:5 |
高 |
延久5年 |
1073 |
188石 |
940廷 |
1:5 |
高 |
寛治1年 |
1087 |
10石 |
100廷 |
1:10 |
高 |
寛治2年 |
1088 |
10石 |
100廷 |
1:10 |
高 |
200石 |
2000廷 |
1:10 |
高 |
寛治7年 |
1093 |
100石 |
1000廷 |
1:10 |
高 |
康和6年 |
1104 |
376石 |
5640廷 |
1:15 |
東 |
表2:東寺が伯耆国から収納した鉄 ※出典:「高」=高山寺文書、「東」…東寺百合文書
康和6年(1104)伯耆国雑掌□(秦ヵ)成安御封代鉄送進状案
(「東寺百合文書」カ函)
*「京都府立京都学・歴彩館 東寺百合文書WEB」 から引用(一部改変)
(3)荘園の年貢としてみえる鉄
中世においては、中央の貴族や有力寺社は全国各地に荘園と呼ばれる私有地を持っており、そこから年貢を徴収していました。伯耆国内にもそのような荘園が多数存在していました。その中には年貢として鉄を納めていた荘園もいくつか確認できます。
例えば、鎌倉時代には伊勢神宮領として三野御厨(みのみくりや)(会見郡)と久永御厨(くえみくりや)(久米郡)と呼ばれる2つの荘園がありました。三野御厨は現在の米子市の箕(みの)あたりに位置する荘園であり、久永御厨は領域内に「由良郷」「大谷保」とみえることから、現在の北栄町の大谷から由良にかけての沿岸部一帯に広がる荘園であったと考えられます。
神宮文庫が所蔵する建久3年(1192)の史料によれば、両荘園が神宮に納める供祭物として筵100枚や絹とともに「鉄千廷」とみえます(注6)。このことから、これらの荘園が鉄を年貢として伊勢神宮に納めていたことがわかります(注7)。
また、伯耆東部には後白河法皇の持仏堂である長講堂の所領として、久永御厨、矢送荘(やおくりのしょう)、稲積荘(いなづみのしょう)と呼ばれる荘園がありました。このうち矢送荘は現在の倉吉市南部の小鴨川・矢送川の合流地域に位置する荘園で、稲積荘は倉吉市の中西部を東西に流れる国府(こう)川の中流域に位置し伯耆国庁に近接していました。
建久2年(1191)の史料によれば、稲積荘に課せられた毎年の課役の中に、「斗納鍋一口」「鉄輪一脚」がみえます(注8)。これらの鍋や鉄輪等の鉄製品はこの地域で製造されて京都に運ばれたと考えられます。このことは、これらを製作する職人たちがこの地域にいたことを示しています。また、応永14年(1407)の台帳をみると、久永御厨と矢送荘に対し、年貢として米500石と鉄1万廷が賦課されていました(注9)。東伯耆の2ヶ所の荘園に毎年1万廷という多くの鉄年貢が賦課されていることは注目されます。
小括
このように、古代中世の伯耆国は全国有数の鉄の産地であったと考えることができます。国内各地で多くの鉄や鉄製品が生み出され、それらは伯耆国の主要な産物として中央へ運ばれ、政府や有力寺社へ進上されていました。同時に、このことは製鉄・鍛冶・鋳物師など、鉄や鉄製品に関わる様々な人々が国内各地において活動していたことを示しています。古代中世の伯耆国において、鉄は人々の営みや地域産業を支える重要な産物であったと考えられます。
次回はこれらの鉄や鉄製品がどこでどのように生み出されたのか、また伯耆国内の地域権力が鉄とどう関わっていたのか等について考えてみたいと思います。
(注1)『新鳥取県史資料編 古代中世2 古記録編』(以下『古記録編』と略す)578頁。
(注2) 伯耆国庁跡からも未使用の鉄製鍬先が5点見つかっている(『新鳥取県史資料編 考古3』250頁。
(注3)「廷」は鉄の重さの単位で、鉄1廷は約2kg。ちなみに『延喜式』(主税式上)によれば、運搬にかかる馬1頭あたりの荷量は鉄30廷(約60kg)とある。
(注4) 下級役人が上級役人に宛てた上申形式の文書。
(注5) 『新鳥取県史資料編』未収録資料。倉恒康一氏のご教示による。
(注6)『古記録編』244頁。
(注7) 鎌倉時代の伊勢神宮領をまとめた『神鳳抄(じんぽうしょう)』(1360年頃成立)にも、三野御厨・久永御厨の年貢として、それぞれ「鉄十廷」「鉄千廷」とみえる。
(注8)『古記録編』243頁。
(注9)『古記録編』453頁。
(岡村吉彦)
1日
呉市史編さん資料調査(~3日、呉市中央図書館、西村・小山委員・澤田委員) 。
5日
県史後継事業にかかる聞き取り(静岡県歴史文化情報センター、岡村)。
6日
民俗調査(気高のウグイ突き)(鳥取市気高町逢坂、樫村)。
9日
資料調査(鳥取県立博物館、岡村)。
智頭林業関係資料(古写真)調査(智頭町中央公民館他、樫村)。
12日
青銅器調査にかかる打合せ(公文書館会議室、岡村・東方)。
13日
占領期の鳥取を学ぶ会(鳥取市歴史博物館、西村)。
14日
現代部会(公文書館閲覧室または会議室)。
19日
資料返却・借用(大山町、倉吉博物館、東方)。
20日
埋蔵文化財センター連続講座「鳥取県の考古学」講師(埋蔵文化財センター、東方)。
21日
民俗調査(ウグイ作成・縄久利神社秋祭り)(南部町浅井、樫村)。
22日
資料調査(智頭林業関係)(智頭町旧山形小学校、中央公民館、樫村)。
23日
古墳航空レーザ測量業務委託事前説明会(県庁議会棟執行部控室)。
26日
全国都道府県史協議会(愛知県史編さん室、岡村・東方)。
27日
広島史学研究会大会(~28日、広島大学、岡村)。
30日
市・町誌編さんにかかる聞き取り(琴浦町、境港市)。
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