先鋒戦
先攻:立教池袋Aチーム
哲学がしきりに旅に出なさいと脅してきてさ 紙の自転車 岡部 優司
後攻:光合成朝ごはん
直るわけないと知っても撫でているプロフィール帳背表紙の傷 畠山 慎平
講評 大辻隆弘審査員
先攻の『立教池袋Aチーム』の歌は、哲学という、自分がまだ詳しくは知らない世界への憧れみたいなものが、「紙の自転車」というもので表されていて、おそらくこの「紙の自転車」に乗って、哲学の世界へ旅立っていくんでしょうね。その幻想の豊かさみたいなものに惹かれました。
それに対して後攻の『光合成朝ごはん』の歌は、現実に即して、プロフィール帳の背表紙というところに着眼した。上句の音の響きは、「直るわけ」、「撫でている」と、頭韻を踏んでとても軽やかです。そして下句で「プロフィール帳背表紙の傷」と、具体的なところへすっと視線を持っていくところに、説得力があったと思います。プロフィール帳というのは、様々な人間関係や友達関係が全部凝縮されている帳面ですから、そこに傷があるということは、心の中に人間関係の傷みたいなものがあって、修復不可能だという、絶望感とか諦めの気持ちがこもっているように思えました。
同じ「紙」という題を受け取りながら、幻想的に広げていった先攻の歌に対して、現実に即して、小さな絶望を歌っていく後攻の歌と、対照的で面白い対決になったと思います。
中堅戦
先攻:立教池袋Aチーム
輝きを知らないままで深海も布団の中もやさしい寝息 望月 陸玖
後攻:光合成朝ごはん
深淵を望遠鏡で覗く君呑まれないよう裾をつかんだ 佐藤 みちる
講評 穂村弘審査員
中堅の題は「深」ということで、少し抽象的な言葉を、両方ともうまく扱っていて、共通した雰囲気があります。自分が今生きているところは、小さい、限定された世界で、その外にはもっと広くて、まぶしくて、怖い世界があるという感覚が、両方の歌にあると思います。それでいて、そこに思いきり乗り出していくことにためらいがあるというところに、すごく心理的なリアリティーを感じました。
先攻の歌は、「輝き」ではなく「やさしい寝息」を選ぶ感じがいいなと思いました。
後攻の歌は、「のむ」の漢字が飲食の「飲む」ではなくてこの「呑む」になっているところに、本当に怖い闇に呑まれてしまう感じが出ていますし、「裾をつかんだ」に、「君」への思いがにじんでいて、そこに惹かれました。
大将戦
先攻:立教池袋Aチーム
スーパーのパンをスーパーパンと呼ぶ食べ方いつもスーパーな人 小幡 曜
後攻:光合成朝ごはん
シロナガスクジラにあなたと食べられて勝手に住所をつくって棲みたい 昆野 永遠
講評 江戸雪審査員
「スーパーパン」対「シロナガスクジラ」と、とても面白い戦いでした。題は「食」という字でしたが、「食べる」という言葉から、先攻は「スーパーな人」、後攻は「あなた」と、どちらも人が出てきましたね。両方とも、「食」べるという題から、その人が導き出されるというところが面白いと思って、読ませていただきました。
スーパーパンが負けてしまったのは少し残念ですが、非常に接戦だったと思います。