先鋒戦
先攻:光合成朝ごはん
教科書の古墳に鍵を突き刺して消えたあなたを探しています 畠山 慎平
後攻:名古屋高校文学部
古本の匂いを差し上げましょうかお久しぶりですn回目の冬 福田 匠翔
講評 江戸雪審査員
どちらも比喩が上手く効いている歌でした。先攻の『光合成朝ごはん』の歌は、古墳を鍵穴に見立てて、また、後攻の『名古屋高校文学部』の歌は、「冬」を擬人化して、大きな掴み方がいいなと思いました。
どちらも、優しい感じの文体で、その点もよかったですね。
中堅戦
先攻:光合成朝ごはん
逆立ちをしてもカバはカバのまま おつむのよわいわたしもそのまま 佐藤 みちる
後攻:名古屋高校文学部
馴染めない宴会の姿造りの魚の頭が立たされていた 服部 亮汰
講評 大辻隆弘審査員
「立」つというと、ポジティブな感じがしますが、どちらの歌も、どちらかというと自分に対するネガティブな心情になっていて、そこが面白いと思いました。
それから、どちらもリズムを定型から微妙にずらしていますね。こういうずらしというのは、短歌を作り始めてしばらくたたないと面白さが分からないんですが、五七五七七のリズムを逆手にとって、ちょっとしたずれを感じさせるというところにも、高度なテクニックを感じました。
先攻の歌は、逆立ちしたらカバはバカになるんじゃないかと思ったら、やっぱりカバはカバだったという、上の句の発見が面白い。そこから、私が逆立ちしても、やっぱり私は私だという認識に持っていくところも面白いですね。「おつむのよわい」というのは、作者が説明してくれたようなやわらかい感じというよりは、人に対する揶揄のような感じがして、自分に対する言葉にとしてはかなりきつい言葉だと思いましたが、僕はこの自分の自虐的な自意識がとっても気に入って、気持ちがこっちに移りました。それから、「カバのまま」、「わたしもそのまま」と、「ま」という、あ段音の明るい音が二つ続いて、脚韻のように結句をきちっと締めているところも、楽しい歌だと思いました。
後攻の『名古屋高校文学部』は、皆さん説得が上手で、思わず頷かざるを得ない説得力でした。説明された通りで、「宴会の姿造りの」が5音7音になっていて、定型のリズムとずれているところに、作者のちょっとしたなじめない気持ちがよく出ています。「立たされていた」と、あえて受け身にしているところも、少し自分を責めているような感じがして、そのあたりも上手に計算された歌でした。
大将戦
先攻:光合成朝ごはん
神様のような妹 バタ足で凪に小さな波を起こした 昆野 永遠
後攻:名古屋高校文学部
縁の無い地域の波浪警報を聞きつつ正露丸を飲み込む 加納 輝一
講評 穂村弘審査員
先攻の歌は、妹の小さいバタ足であっても蟻のような小さい生き物にとっては神様のような力を持つように、神様からみるとちょっとした波でも、我々にとっては大打撃を受けることがある。それから、「凪」は妹さんのお名前ということでしたが、この歌の下に作者であるお姉さんの永遠さんのお名前が来ることを考えると、書かれている以上の大きな雰囲気が伝わってきました。
後攻の歌は、「正露丸」の露はもともとロシアを意味していたという話も聞いたことがありますが、そういう遠いところで何か大きな悲劇が起きているような雰囲気を、直接ではなく、うまく書いていて、とても高度な歌だと思いました。
二つの歌は微妙に繋がっているような気もしますし、両方ともとてもいい歌で、迷う対戦でした。