受賞作品
木枯らしを食べて元気になりましたあなたの息は数倍甘い
滋賀県立膳所高等学校 2年 池田 玲亜
講評:大辻隆弘審査員
この歌は、ちょっとした失恋の歌かなと思いました。失恋の痛手から、何とか立ち直ろうとして日々を過ごして、季節は冬。木枯らしが吹きすさぶ中を歩いていく、その木枯らしを吸い込みながら、それでも、失恋の痛手からちょっとずつ立ち直って、やっと僕は元気になった。でも、かつてあなたのそばで感じたあなたの息や温かみと比べると、木枯らしはやっぱり冷たい。少しだけ未練が残っている感じですね。そういう、若い日の失恋から立ち直っていく自分と、まだ未練を捨てきれていない心情が、ちょっとねじれた、省略が効いた文体ににじんでいて、とても繊細だと思いました。
僕もこんな気持ちになったことがたくさんありますので、非常に身近に感じて、読ませていただいた歌でした。
受賞作品
音読をあてられキミは目を覚ます風にながれる塩素の匂い
鳥取県立鳥取東高等学校 2年 中島 幹太
講評:穂村弘審査員
プールの後の授業だろうと思います。泳いだ後、疲れて眠っている生徒もいる。でも私は起きていてキミを見てるんですよね。寝ているなと思って。先生がキミに音読を当てる。キミはビクッとして目を覚ます。その時、教室では、風の中にプールの名残の塩素の匂いが漂っていたという。
「音読をあてられ」るのは、声だから聴覚。「目を覚ます」というのは、君を見ているから視覚の領域で、「風にながれる」の「風」は触覚、「塩素」は匂いなので嗅覚と、五感の中の四つまでがこの歌の中に含まれていて、でも何も起きていないですね。静かな授業の一こまです。それなのに、今ここの永遠みたいなものが感じられます。退屈と言ってもいいような平凡な授業の中に、永遠が感じられる。でも僕らはそれを失った感じがしていて、この永遠を取り戻せるなら、なんて思いますけど、皆さんは今この退屈な永遠の真っただ中にいるんですね。五感のすべてを連動するような歌、すばらしいと思いました。
受賞作品
三学期テストに励む君の背を見て考えるトリュフは好きかな
鳥取県立鳥取東高等学校 2年 土居 美佳
講評:江戸雪審査員
「三学期」、「テスト」というだけでもこの1年間のクラスの雰囲気みたいなものが伝わってくる感じがします。君と私にも1年近いやりとりがあったんでしょうが、これはテストなので、君は自分に全く意識が向いていない。でも、自分は何かぼんやりしているからこそ、君にまっすぐな気持ちが向けられる。君がちょっとでも自分のことを見いてたら、こんなふうにじっとは見られないでしょう。本当に完璧な一方通行みたいなところをうまく舞台設定されていると思いました。舞台設定ってすごく大事だと思いますね。
そこで、考えることが2人の関係じゃなくて、全く関係のないどうでもいい「トリュフ」っていうことなんですよね。この意外性も転換がうまくて、トリュフはトリュフクロワッサンとかトリュフ塩とか、最近流行っているようですが、そういう世相を君と共有したいという恋心みたいなものも入っていて、バランスのいい、とてもいい歌だと思いました。
受賞作品
クロールの推進力が欲しいから水彩絵の具の青を手に取る
神奈川県立光陵高等学校 1年 猪野田 涼奈
講評:大森静佳審査員
水彩画を描いている場面でしょうか。「クロールの推進力」がほしいとき、水を飲むとか水に入るとか「水」と仲良くなる方法は他にもいろいろとありそうなところ、水の色の絵の具を手に取ったというところに不思議な飛躍と説得力があります。上の句はそのままクロールの記録を伸ばしたいとも読めますが、クロールのような推進力と解釈して、この世界をぐんぐん泳いでいける強さを希求する気持ちを読み取りたいです。心細さを抑えて自分自身を励ますような。「推進力」という硬質な言葉が理知的なアクセントでありつつ、幻の「水」のイメージを眼前に呼びだしてのびやかな広がりのある一首。青春性を感じさせるとても魅力的な短歌でした。
受賞作品
朝起きて学校行って夜に寝る狭い世界で泣かないでくれ
東京家政学院高等学校 1年 武富 愛音
講評:小島なお審査員
学生生活は毎日同じルーティンで過ぎてゆく。日々の中身がどれだけ充実していようが、退屈だろうが、「学生」という枠の中で生きるかぎり変わらない。同じ始業時間、時間割、制服、クラスメイト。「狭い世界」には、たぶんそれなりの安息や安心が担保されている。
けれど、日常と異なる出来事がひとたび起こると閉ざされた世界は大きく揺らぐ。なぜその人は泣いているのか。どうしたらいいのか。気持ちをわかってあげたいのに、悲しみに触れるのは怖い。「狭い世界」ゆえ、その悲しみは私の悲しみにも繋がっているのだから。こちらまで泣きたくなるような結句の命令形がきりきりと痛む。