ルポやコントをフィールドに活躍中、鳥取にゆかり深き文筆家ワクサカソウヘイさん。奇祭マニアでもある彼が「青谷弥生人そっくりさんグランプリ&大集合ツアー」を密着取材。臨場感あふれるルポをしたためてくれました。笑いと感動に満ちた弥生式奇祭のすべてを追体験して下さい!!
「そっくりさん」は青空の先に弥生を描く
ー『青谷弥生人そっくりさんグランプリ』完全レポートー
ワクサカソウヘイ
●
その日の鳥取県庁の真上には、ため息が出るほどに真っ青な空が広がっていた。何千年も前にこの地に住んでいた人たちもまた同じ色の空を見上げていたんだろうな、と思えるような、悠久のスケール感を描く快晴である。初夏の風が心地よく通り抜けていく。
ところが、県庁の玄関前にはなんだか妙に据わりの悪い空気が漂っていた。なぜか。
そこに続々と集いし人々、その顔が皆一様に同じトーンをたたえていたからである。
なんだ、なんなのだ。なんでみんな、同じ顔をしているのだ。親戚関係とかなのか。いや、それにしては全員、無言である。チラッ、と互いの顔を見ては、すぐに目を逸らすなどしているではないか。どう見ても初対面、どう見ても他人同士の雰囲気。なのに全員、顔がそっくり。これはいったい、なにごとなのだ。
この異様な状態を説明するためには、少々文字数を割かなければならない。ことは澄んだ青空を反転させたように複雑なのである。
鳥取県の東部に位置する青谷町。そこは弥生時代を生きた人々の痕跡が地中から頻繁に掘り出されるスポットとして各方面から注目を浴びている。通称「青谷弥生人」と呼ばれる彼らの頭蓋骨もあまた出土していて、ある時にその一個体を精巧に復元した模型が作られた。そしてそれは公募によって「青谷上寺朗」と名付けられた。出土した所が青谷上寺地遺跡という名だったことに由来を持つ。
まあ、ここまではありそうな話ではある。ギアが変速するのは、この後だ。
せっかく作った「青谷上寺朗」。これをもって、青谷弥生人の存在をもっと世間に強くアピールできないものだろうか。鳥取県庁の職員たちは、頭を悩ませた。そして、最終的に弾き出された答え。それは「青谷上寺朗」に似た顔の人たちを全国から募集して、『青谷弥生人そっくりさんグランプリ』なる一大イベントを開催することであった。
なんだ、それは。
まったくもって話の飛躍の角度が未知的で、くらくらする。弥生人の「そっくりさん」が競い合う大会なんて、いままで冗談でも聞いたこともない。ところが鳥取県庁は本気であった。大々的にこのグランプリの開催を宣言し、全国各地から「我こそは弥生人に似た者である」と名乗りを上げた応募者たちの顔写真を選考した。そして予選を見事に通過した十名の強者たちが、本日青谷町で開催される『青谷弥生人そっくりさんグランプリ』に参加するため、こうして鳥取県庁前に集合していたのである。同じ顔の人たちが集っているのはそういうわけで、要は皆、「青谷上寺朗」に似た顔の持ち主たちなのである。
ほんとに、なんなのだ、それは。
私はなんの因果か、今回の『青谷弥生人そっくりさんグランプリ』のレポート、つまりこの文章の執筆を担当することになり、これから一体なにが起こるのかを目撃するために、参加者たちの集合場所である県庁前に立っていた。
関西圏からやってきた「そっくりさん」たちが、次々と自家用車の運転席から降りてくる。ひとり、またひとりと、増えていく同じ顔。誰も彼もが、弥生人の雰囲気をそこに濃く滲ませている。それは実に奇妙な景色であった。
弥生人と聞くと、さっぱりとした造りの顔を想像しがちだ。しかし「青谷上寺朗」は縄文人にも濃いルーツを持っているため、どちらかといえば印象の強い顔つきをしている。それに似た「そっくりさん」たちが本日は大勢集まるのだ。県庁前には濃縮された古代の空気が早くも形成されようとしていた。
誰もがソワソワとしているのが見て取れる。グランプリを前にしてナーバスになっていることもあるのだろうが、その前にまず、互いが互いにどのような声をかけるべきなのかについて考えあぐねているのだろう。そりゃそうだ、ここに集まった人々は「青谷弥生人の一個体の復元模型に顔が似ている」という共通点しか持っていないのである。もしここに集まっているのが本物の弥生人であれば、「はじめまして!皆さんは普段、どんなネズミ返しを使っていますか?」とか「こんにちは!水耕栽培について話の花を咲かせられたら幸いです!」なんてコミュニケーションを取ったりすることができるわけだが、いかんせん「そっくりさん」である彼らは現代人である。声をかけるとして「……顔、似ていますね」くらいが関の山であろう。
なんとも言えない色調が漂い続けている間に、大型バスが県庁前へ到着した。いまから「そっくりさん」たちは、グランプリの会場がある青谷町へと移動するのである。無言を貫きながら、彼らはぞろぞろと乗車を開始した。
私もそれに続く。そして、ぎょっとする。バスの中には、東京や屋久島などから飛んできた「そっくりさん」たちが、すでに座席にスタンバイしていたのである。鳥取コナン空港でピックアップされた彼らは、県庁から乗り込んでくる自分と同じ顔の「そっくりさん」たちをじっと眺めていた。どういう光景なのだ、これは。
これで総勢十名のグランプリ参加者が揃った。青谷弥生人のツラだけがみっちり詰まった世にも稀なるバスは、厳かに鳥取市内を出発した。引率を担当する県庁職員が「そっくりさん」たちの人数確認を行おうとしたが、全員が同じ顔なので、バグって何度も数え直していた。
晴天と鳥取県庁の裏にそびえる久松山だけが、その様子を静かに眺めていた。
●
会場到着の前に「そっくりさん」御一行たちが立ち寄ったのは、「青谷上寺地遺跡展示館」だ。そこは、この地で掘り出された弥生人の土器や木製品、そして例の頭蓋骨などが展示されている、小さいながらも密度のある施設である。
ここの目玉であるアイテムは、「弥生人の脳」。そう、青谷上寺地遺跡では、弥生人の頭の中からなんと脳みそが発見されているのである。これは実に珍しいことであり、日本で見ることができるのはこの施設のみであるという。
小さな壜に詰められたそれを、興味深そうに眺める「そっくりさん」たち。その中のひとりが「オレたちの脳も、こんな感じなのかな……」と漏らしていた。顔は青谷弥生人そのものである彼らだが、脳みそまでそっくりかどうかは、誰も答えを持っていない。そのコメントになにかを返す者はなく、県庁の広報スタッフのカメラシャッターを切る音だけが館内に響いていた。
その静けさは、やがてグランプリを直前に控えた緊張感へと変わっていく。
展示館からほど近い場所にある青谷町の体育館。そこにはステージと、そして「青谷上寺朗」の模型とが設置されていた。ここが『青谷弥生人そっくりさんグランプリ』の会場である。「そっくりさん」たちは楽屋へと移動し、それぞれが戦いに向けた準備を始めた。
地域の住民たちが、この奇祭を一目見ようと、次々に会場へと詰めかける。見れば「推しのそっくりさん」の名前が刻まれたうちわを手にしている人たちもいる。取材カメラも山のように集っている。さっきまで無言でバスに乗り、また神妙に脳みそを眺めていた彼らは、いつの間にこんなスターになったというのか。
審査員席には、鳥取県知事をはじめ、地域の各分野の代表がメモを片手に座っている。そう、これはグランプリであるわけだから、当然審査の目が入る。会場のお客さんや、ネット配信を見守る人たちにも投票権が与えられており、最も得点の高かった「そっくりさん」がシンデレラ弥生人となるのである。
私は会場席の隅に座り、謎の熱気と高揚とに包まれていく体育館内を見渡しながら、こんな思いを強くよぎらせた。
「そもそもなんで、青谷弥生人に一番顔が似ている人を決めなきゃいけないんだっけ……?」
次のページへ>>