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そんな私の疑問をかき消すように、大音量で華々しい音楽が流れる。そしてタキシードに身を包んだMCが登場し、『青谷弥生人そっくりさんグランプリ』の幕が上がる。
「そっくりさん」たちには、それぞれにアピールタイムが与えられている。自由なパフォーマンスを展開し、いかに自分が青谷弥生人に近しい者、情熱を持った者であるかをステージの上で主張するのである。
いったい、どのようなショーが披露されるというのか。短い時間で弥生土器を焼き上げたりするのか。
まず一番手の青柳純二さんが口火を切る。東京から参戦した彼が披露したのは「鳥取」をテーマにした自作のオリジナルダンス。かつて振付家をしていたという彼のその軽妙な舞いからは、豊作を願う弥生人の姿が浮かび上がる。なによりも長髪が特徴的な青柳さんの風貌はまさに「青谷上寺朗」そのもので、かなりの得票が期待される。初手から優勝候補が現われてしまい、他の「そっくりさん」たちは舞台裏で震え上がっていることだろう。
二番手は同じく東京から参戦の石埜貴士さん。彼がステージに携えてきたのは、エレキベースである。しっとりしたメロディを奏でながら、この大会に出場した思いを穏やかな口調で語る。会場からは大きな拍手。弥生時代に「電力」という概念はないので、エレキはマイナスポイントになるかと思われたが、石埜さんは弥生人を連想させる朴訥さを出力させることによって、それをすべてプラスポイントへと転じさせてみせた。
三番手にも東京からの参戦者が続く。牛山裕樹さんは「青谷上寺朗は私自身です」というキャッチコピーを自らに冠し、堂々とステージの上に立つ。黒髪、長髪、日に焼けた肌。似てる、めっちゃ「青谷上寺朗」に似ている。まるで復元模型が命を宿して歩いているかのようだ。会場からは感嘆の声が上がる。牛山さんは弥生人になりきっての演劇的パフォーマンスを熱量を込めて展開、会場や審査員に強い印象を残して風のようにステージから去った。
大会のボルテージは天井知らずで上がっていく。四番手に登場したのは、大阪からやってきた春日連太郎さん。弥生土器のレプリカを携えて舞台に登場した彼は、かつて仕事で子どもたちに日本史を教えていた自らの過去を明かし、「私自身がいま、弥生人としての教材になる」という唯一無二のスピーチを展開した。「まあ、自分は(本当は)現代人のおっさんであるわけですが」と謙遜する場面も見られたが、いやいや、見た目は完全に青谷弥生人である。
五番手は、鹿児島は屋久島からやってきた清水大地さん。縄文杉でお馴染みの地から、弥生人で名を馳せるこの地にやってきた彼は、鳥取と弥生人への思いをマイクの前で語る。しかしスピーチの途中で緊張が手伝い、話の内容が飛んでしまうという軽いハプニングが発生。清水さんはそれでも一生懸命に話を紡ぐ。「自分はダイビングのインストラクターで、自然相手の仕事をしています。青谷弥生人もまた海と共に暮らし、自然と向き合って生きていました。そこが自分と彼らとが繋がる点です……」。この訥々とした喋りが、逆に好印象を与えた。べらべらとよく喋る弥生人など、弥生人ではないだろう。清水さんは顔もそうだが、語りのトーンがまさに青谷弥生人の「そっくりさん」であった。
六番手は兵庫から参戦の中川剛さん。彼はスピーチで自らの趣味が「パン作り」であることを述べ、そして弥生時代には米ばかりではなく小麦の栽培も開始されていたという教養を展開、つまり自分はパンを作ることで弥生人とのリンクを結んでいるのだ、というアカデミックかつクリティカルな一撃を放つ。「そっくりさんグランプリ」の候補者たちは、強打者揃いである。
七番手で登場したのは服部学さん。奈良からやってきた長髪の「そっくりさん」はエレキギターでオリジナルソングを披露。ロックスターのような貫禄をたたえた彼がひとたび演奏と歌声を繰り出せば、会場は手拍子でひとつとなる。それはまるで秘祭のような景色。その時の服部さんは、民衆の情動を操るのが得意な、まるで卑弥呼のような姿を立ち昇らせていた。
八番手に控えていたのは、ダークホースの師岡宏典さん。東京から参じた彼は「なんとなく応募して、いまこの場にいます」と、あえてテンションの低い位置からスピーチをスタート。そして「私にはなにも武器がありません。あるのは弥生人にそっくりなこの顔だけです。だから、存分にこの顔を見てやってください」と言ったかと思うと、見事な無表情でもってマイクの前に立ち尽くした。その新手のパフォーマンスに、大いに沸く会場。もはやここは弥生人パフォーミングアーツの実験場なのか。
九番手に躍り出たのは静岡からの山本尚哉さん。アコースティックギターを抱えた彼は弦を爪弾きながら、弥生時代の大地の情景を思わせるような楽曲を披露した。よく聴けばそれは、『はじめ人間ギャートルズ』のテーマソングであった。選曲が秀逸すぎる。体育館の中に、二千年前からの風が吹く。うちわが客席のあちらこちらで揺れる。ファンを最も獲得したと思われた、山本さんのアピールタイムであった。ちなみに人前で歌ったのはこれが初めてとのこと。なんという度胸なのであろうか。
そしていよいよ大トリ、十番手の吉田昌弘さんの登場である。大阪で営業職を営む身でありながら、彼はこの大会のために髭をたくわえ、髪を伸ばしたという。ビジネスよりも弥生人を選んだ者の登場に、会場はどよめく。「弥生人はきっと太っていなかったはず」と思った彼は体を絞り込み、なんと6kgもの減量に成功したというのだから驚きだ。すべては自らを「青谷上寺朗」に極限まで近づけるため。その狂気にも似た思いを吐露したスピーチに、誰もが息を呑んだ。
どこにもない熱を孕んだ祭典は、いよいよクライマックス。投票時間を経て、優勝者発表の瞬間を迎えた。
ドラムロールがなぜか生で演奏され(しかもそのドラムを叩く県庁職員もまた、青谷弥生人そっくりの風貌をしている。なぜ寄せた)、スポットライトが左右に揺れ動く。「そっくりさん」たちは皆、強張った表情を浮かべている。誰が現代の弥生人キングとなるのか。その様子を会場中が固唾を飲んで見守っている。
MCが、声を張り上げる。
「優勝は……エントリーナンバー十番!吉田昌弘さんです!」
割れんばかりの拍手。グランプリを見事ものにしたのは、弥生人に対してストイックな姿勢を貫いた、十番手の吉田さんであった。
発表の瞬間、彼は首から下げていた勾玉を天高くに掲げた。それはこの日、世界で最も気高く、そして最も意味不明な光景であった。
私の胸は静かに震えていた。おかしい、最初は怪訝な気分でこのグランプリに同行していたつもりだったのに、気づけば感動してしまっているではないか。もはや私も弥生に取り込まれてしまったということなのか。
優勝賞品は、青谷町の特産でもある岩牡蠣であった。これを吉田さんが食し、そしてその貝殻がやがて数千年先に新たな貝塚を誕生させるのかな、なんて思ったりした。
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