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民俗文化と文化財―民俗学の立場から考える-

文化財化のアンチテーゼ

 民俗学を専門とする者として、行事や芸能等の無形民俗文化財、民具等を中心とする有形民俗文化財の指定・登録に関係した調査を行ったり報告書の原稿を執筆したりすることがあります。

 文化財化することは、民俗文化を継承する人たちへの応援となり、一般の人たちに貴重な民俗文化の存在を伝え、その重要性を認識していただくことにつながることと思います。ただ個人としては文化財化したものが効果ある地域への貢献となっているか、また一般の方々に関心を持っていただき、重要性を認識していただいているかよく検討しなければならないと感じています。

地域に丸投げで良いのか

 文化財である前に、行事や芸能等の無形民俗文化を継承している地域や団体が、負担以上に楽しさか誇りをもち、やりがいを感じるということであれば問題ありません。しかし民俗文化の継承地域には過疎化、少子高齢化が進んだ地域も多く、楽しさや誇りよりも負担を大きく感じるようであれば問題です。

 また民具等の有形民俗資料は、例えば布を織る機(はた)織り機具が博物館に保管されていたとしても、その機を織る技術の継承者がいなければ言わば死んだ標本と同じです。

 民俗学の専門家は、単なる調査者、研究者であり、調査記録(文字あるいは映像・画像)を資料として残し、評論的に分析すれば良いのでしょうか。そうではないと最近、強く感じています。やはり継承を地域に丸投げして観察するだけではなく、地域の人に寄り添って、共に考え貢献することが求められているのだと思います。しかし必ずしもそうではない現状が、民俗学の需要、存在感の減少、ひいては民俗学研究者や民俗に関心をもつ人の減少につながっているのではないかと考えています。

標本のような文化財は、文化じゃない

 少し前インターネットにも掲載された新聞『沖縄タイムズ』(2016年3月6日掲載)の「『首里城は空っぽ』?沖縄観光の課題とは」という記事を読みました。沖縄公共政策研究所(安里繁信理事長)が2月26日に開いた「観光戦略をどう描くか。沖縄の強みと弱み」と題するセミナーに関する記事です。

 観光、地域振興、そして文化財にまたがる意見が掲載され、面白く参考になるものでしたが、JTB沖縄社長の宮島潤一氏、元ゴールドマン・サックス証券アナリストで小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏の沖縄の首里城に関する意見が目にとまりました。

 宮島氏がUSJやバチカン市国の入場・観光料にランクがありサービスが異なることを示して以下のように述べます。

 多様性を準備しないといけない。韓国の徳寿宮では1995年から衛兵交代を始めた。沖縄の首里城でも1日1回でいいから、当時のイベントを見せる仕組みをつくれば、滞在時間を延ばし、お金を落としてもらえる。堂々とお金が払えるものをつくり、提供することが大事だ

 またアトキンソン氏は厳しく以下のように述べます。

 首里城は空っぽ。例えば海外から大事なお客さんが家に来るときに、家具を片付け家を空っぽにして、飲食禁止の接待をする人はいない。首里城も戴冠式などいろんな儀式が毎日のようにあったと思う。映像を流すだけでは、雇用にもならない。首里城は文化財ではあるが、文化じゃない。王様の住居で、儀式をする舞台に過ぎない。舞台でお金を取るのは成り立たない。冷凍保存状態で、何の楽しみもなく、観光とは言えない。

 アトキンソン氏の言葉を「(標本のような)文化財は、(民俗)文化じゃない」と置き換えると、多くの歴史民俗を扱う博物館の資料展示が今ひとつ来館者の興味を引かないことの理由や、民俗学においても民俗文化のあり方を考える方法も見えてくるような気がします。

民俗文化継承の事例

 民俗文化の継承や民俗学の関わり方で先進的な事例は身近にあります。鳥取県民話サークル連合会に所属するとっとり・民話を語る会、さじ民話会、倉吉民話の会、ほうき民話の会の活動です。かつては家庭内で祖父母が孫に民話を語る光景が多くみられましたが、それが衰退すると、その語りが途絶える危機を、さまざまな苦難がありつつも民話サークルや個人が学校など公共施設で語るスタイルを定着させることでいわば文化の継承に道筋をつけました。これらの団体は民俗文化の継承に大きく貢献しています。

交流会の写真
山陰地域民話サークル交流会(2010年6月20日米子にて)
鳥取県民話サークル連合会と島根地区民話サークルの交流会の様子

 また倉吉市の福井貞子氏及び福井氏が主催する倉吉絣保存会は、絣の研究(注1) 及び資料収集、後継者の育成を一貫して行っており、福井氏やその教え子さんたちは作家として活動し、倉吉のみならず鳥取、日本の文化の継承に道筋をつけています。

 標本のような文化財としてではなく、生きた文化は人々の生活を豊かにする財産であるのだと思います。そのためには民俗学に携わる者として、もう一歩踏み込んだ活動が必要と感じます。

民俗文化継承にかかせないマネジメント

 以前、鳥取県と島根県にまたがる中海で採取され、綿などの作物の肥料として利用されたモバ(藻葉)とその採集用具について、ホームページ(第34回県史だより)や書籍(注2)でも紹介しました。

モバ採りの様子とサオの写真
松江市八束町の江島港でのモバ採りの様子とサオ、2009年撮影
中海でのモバ取りの様子の写真
中海でのモバ取りの様子(鳥取県立公文書館所蔵)撮影年不明

 中海の水質悪化でモバが減少するとともに化学肥料が入手しやすくなることによって、肥料としてのモバは、一部の人が家庭菜園に利用する程度になりました。しかし中海では干拓事業の中止後、中海防波堤の開削や外海からの海水の流入により透明度が上がり、中海の湖底には毎年大量の海藻類が繁殖し始めました。その大量の海藻類は、浅場に打ち寄せられ腐敗して水質を悪化させ、漁業被害を発生させました。この腐敗した海藻を回収・処理するために、行政には多額の費用負担が発生しています。

 これに対し、漁業者、農業者、飲食小売業、NPO法人や大学、行政が協力して、かつてのように海藻を肥料等の資源として利用し、中海の環境改善と農業等の再生を実現し、経済的にも好循環を目指す取り組みが始まっています。このような温故知新の試みの一助となることが、経世済民を標榜する民俗学にも求められていると思います。

 また平成22年3月11日に国の登録有形民俗文化財に登録された『佐治の板笠製作用具及び製品』107点(鳥取市佐治歴史民俗資料館所蔵)があります(注3)

佐治の板笠製作用具及び製品の写真
『佐治の板笠製作用具及び製品』107点(鳥取市佐治歴史民俗資料館所蔵)
佐治の板笠の写真
佐治の板笠(鳥取市佐治歴史民俗資料館蔵)

 私もこの文化財登録に微力ながら協力させていただき(第38回県史だより「鳥取市佐治町の板笠について」)、管理する鳥取市教育委員会も佐治の板笠製作技術を継承する活動を援助していますが、順調とまではいえないようです。この文化財の大部分は、元佐治村民俗資料館長のNさんの収集によるものです。数年前ですがNさんは佐治の板笠に愛着もあり、現代においても軽く丈夫で涼しく機能的に優れていると農作業をされるときに利用されていました。私もかぶって見ましたが、前時代のものという先入観なく使用してみると今日においても農作業のみならず、釣りなどのレジャーにも優れた製品ではないかと感じました。

 このような伝統文化を地域の財産、文化資源として積極的に活用するマネジメントも民俗文化の継承には重要であり、民俗学も地域の暮しのあり方にもう一歩踏み込む時が来ていると思います。

(注1)福井貞子 2002『絣 ものと人間の文化史105』法政大学出版局など

(注2)樫村賢二 2011『鳥取県史ブックレット9 里海と弓浜半島の暮し-中海における肥料藻と採集用具』鳥取県

(注3)樫村賢二 2011「国登録有形民俗文化財 鳥取県「佐治の板笠製作用具と製品」について」、中島嘉吉 2011「佐治の板笠と民俗資料の収集の経緯」神奈川大学日本常民文化研究所編『民具マンスリー』43(11)

(樫村賢二)

活動日誌:2016(平成28)年4月

4日
資料調査(鳥取県立博物館、前田)。
5日
資料調査(鳥取県立博物館、岡村)。
資料調査(境港市立図書館・個人宅、西村)。
8日
秋里遺跡、布勢第2遺跡玉作資料借用(鳥取市埋蔵文化財センター、湯村)。
資料調査(北栄町歴史民俗資料館、前田)。
12日
史料調査(鳥取県立博物館、八幡)。
13日
資料調査(大山町教育研究所、西村)。
14日
県史編さんにかかる協議(倉吉西高等学校、田中・岡村)。
資料調査(山陰歴史館・米子市立図書館、前田)。
15日
資料調査(大日寺、岡村)。
16日
史料調査(~19日、国立公文書館・国立歴史民俗博物館・東大史料編纂所・東京海洋大学附属図書館、前田)。
18日
資料調査(京都府宮津市、西村)。
19日
倉吉絣関係資料調査(個人宅、樫村)。
20日
倉吉絣調査協議(伯耆しあわせの里、樫村)。
21日
資料調査(~22日、国立公文書館・国立国会図書館、西村)。
24日
現代編史料検討会(公文書館会議室、西村)。
25日
近代資料編打ち合わせ(公文書館会議室、前田)。
28日
資料編原稿の協議(智頭町教育委員会、湯村)。

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編集後記

 今年3月末に『新鳥取県史 民俗1 民俗編』を刊行しましたが、重要な課題があります。この「民俗編」を地域の民俗文化を継承する県民の皆様、そして研究者の方々にも広く利用していただくという課題です。「民俗編」の情報はいわば材料です。料理においても「材料は提供したので、勝手に調理してください」ではなく、「このように調理すればおいしく楽しめます」と調理方法を提示し、また料理自体を提供することが重要であることと類似していると思います。おいしい料理は、優れた農家等生産者と料理人との共同で生み出されます。「民俗編」の刊行に携わったマネジメントに不得手な行政や民俗の専門家だけではなく幅広い分野と共働・協力することが活用には欠かせないと考えつつ、今回のコラムを執筆しました。

(樫村)

  

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