駟馳山(しちやま)
標高314mの鳥取砂丘の東にある山です。峠には石畳の旧道があります。
二上山(ふたがみやま)城跡
標高346.6mの二上山に作られた山城です。南北朝時代の文和年間(1352~1355)に因幡の守護山名時氏の居城として作られました。1466年(文正1年)に湖山池のほとりの天神山に移されるまで因幡国を統治する城でした。山頂付近に本丸や空掘の跡、城郭の一部があります。
岩常(いわつね)集落
二上山城下の町屋でした。侍屋敷や長者屋敷、南屋敷などが田や畑の名前として残っています。
遊覧船
蒲生川河口近くの大谷桟橋から網代漁港を経て通称”山陰の松島”と呼ばれる景勝地を遊覧します。千貫松島、水尻洞門、鴨ヶ磯海岸、菜種五島など、伝説に彩られた小島の間を縫うように航行していけば、かって文豪・島崎藤村も絶賛した変化に富むリアス式海岸の妙味を存分に楽しむことができます。
網代(あじろ)漁港
蒲生川河口に位置し、天然の良港として発達した網代漁港は、鳥取県を代表する港です。暖簾干しという方法で干されたスルメは味わいが深く、また、立冬の頃に行われる松葉ガニの初セリは活気に満ち、冬の訪れを知らせる風物詩となっています。
石畳道(いしだたみみち)
昔旧山陰道の駟馳山峠は滑りやすい赤土の急な坂道で、峠越えする人は大変苦労していました。1811年、多十郎という遍路が「人々の苦しみを救うことこそ仏の道」と鳥取から倉吉までの有力者の協力を得て、1年がかりで造ったものです。
岩戸(いわど)漁港
山陰海岸国立公園内にある岩戸漁港の周辺は、白砂青松の風光明媚な海岸線です。防波堤を利用した木製の遊歩道を歩くと海の上を歩いているような気持ちになります。
らっきょう畑
砂丘周辺からのらっきょう畑は、10月下旬には赤紫色のかわいらしい花の絨毯で鮮やかに彩られます。
この地図は、建設省国土地理院長の承認を得て、同院発行の2.5万分の1地形図を複製したものを転写したものです。(平9 中複、第99号)
上記地図のPDFデータ(2349KB)